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センター長のささやき 第16話

ページID:0106564 更新日:2025年7月29日更新 印刷ページ表示

第16話 能登北部公立4病院再建の私案を提示します

被災した民間医療施設は回復できる?

 公立4病院とともに能登北部医療圏で地域医療を担う双璧である民間診療所と民間病院もまた、大変な被害を受けました。2022年12月に生まれ育った輪島市朝市通りで開業した「ごちゃまるクリニック」の小浦院長(公立穴水総合病院で内科医長としてその総合診療的な幅広い知識を駆使して、多くの患者さんから絶大な信頼を集めていた)は地震でクリニック建物が損壊し入れず、駐車場の訪問診療用の車から診療バッグを取り出し、避難所の人たちのケアに奔走しました。何とか2024年5月にクリニックを再開できましたが、医療体制が整えられた矢先の9月21日の豪雨により輪島中心部の河原田川が氾濫し、医療機器も泥にまみれすべて喪失しました。ダブルパンチで、「もう完全に終わった」と開業継続を断念しようと追い詰められたといいます47)
 2024年12月、公立穴水総合病院の私の外来に彼の医院に勤める看護師さんが、慢性の難治性咳嗽の症状あり重症喘息の疑いで紹介されてこられました。既に、逆流性食道炎の内服療法中で、ステロイド吸入剤を多用し、ステロイド剤の点滴を受けているのに思うように咳嗽は改善しないといいます。検査をしますと多くの喘息患者さんに認められる呼気NO値は低値で末梢血好酸球数の増加もなく、治療反応経過をみて、タイプ2アレルギー反応の低い喘息を疑い、生物学的製剤の適応と考えました。輪島穴水間の道路はいまだ修復中で、交互通行場所もあり、普段の倍近くの時間を費やしていましたので、 勤務先の小浦先生の診療所での加療が良いのではと連絡しましたが、生物学的製剤を保管する冷凍冷蔵庫もないとの返事でした。未だに、震災前の診療体制の回復には至っていないなと電話口で悲しくも納得しました。(もっとも、この患者さんは喘息ではない咳過敏性症候群(CHS)や心因性咳嗽かも知れないと小浦医師も私も後に疑いました。後日、勤務先に近い市立輪島病院の川﨑医師に紹介しましたところ、彼は、生物学的製剤ではなくリフヌアという難治性咳嗽治療剤を使用して見事にこの患者さんは喘息ではないことを証明しました。​

もともと少ない民間医療施設

 もともと、日本医師会(JMAP)の調べ48)では石川中央医療圏と比べ能登北部医療圏に開業医は驚くほど少なく(2020年調査一般診療所513か所vs.37か所)、能登北部医師会によれば、震災前には民間病院が1か所、診療所が27か所ありましたが、2024年12月現在、1診療所は医療機器の損壊により廃業し、1つしかなかった民間病院は公立宇出総合病院内に病床を借りて再開し、輪島市の1診療所は診療休止状態であるといいます。そして、少なくとも19診療所が診療時間の短縮と変更して対応し、6診療所は半壊以上の被害を受けています。すなわち、かかりつけ医体制維持もますます覚束かなくなっているのです。公立4病院だけでは、交通アクセスの不十分な遠隔地の地域医療は支えきれません。さらには、特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの福祉・介護施設などの完全復旧も覚束ないのです。脆弱性を秘めながらなんとか維持してきた地域包括ケアシステムもいったん崩壊してしまいました。これから、持続可能な再構築を形作るための英知が必要です。
*令和7年3月5日公表の厚生労働省大臣官房厚生科学課災害等危機管理対策室調べ49)では能登地域6市町の高齢者施設28施設のうち16施設が復旧するも(2025年3月17日時点)、再開予定が4施設。46の障害福祉施設のうち37施設が復旧済み、4施設は再開予定とのことです。
*社会福祉法人全国社会福祉協議会の報告によれば災害派遣福祉チーム(DWAT)も能登半島地震に派遣されました。が、能登北部地区での展開は3月に入ってから本格的活動したものの試行錯誤の段階だったようです
50)

​​医療人材を確保して病院機能を強化するには?

 能登北部地区の医療再編は、全国の高齢過疎化地区での医療体制の好個のモデルとなるでしょう。人口流失が続いている能登北部地区での医療再建を急がなければ、住民の安心も担保できず、人口流出にますます拍車がかかるであろう。これまで、医師・看護師など医療関係者の確保に腐心してきたところに、今回の大震災が発生しました。 医療人材を確保しての4病院機能強化・再建は非現実的な夢物語でしょう。
 むしろ、病院機能集約と人材集約という観点で小中規模の高度機能病院を新設して、研修センターや小児センター、周産期センター、訪問看護センター、災害支援・研修センターなどを併設するという案が良いのではないかと考えます。もちろん、既存の4病院は分院化して、内科、外科、整形外科などの基本領域をカバーし、当該地域住民や老健・介護施設入所者の利便性を損なうことなく対応する必要があります。さらに、閉鎖された病室などを、今後、起こりうる災害時の緊急避難所やボランテイアの宿泊場所として整備をすれば、衛生環境保持も難しく新型コロナ感染症やインフルエンザウイルス感染症が蔓延しかかった体育館などへの避難51)よりも、余程、被災者やボランテイアに安心感を与えるでしょう。
 避難所では呼吸器感染症や消化器感染症などが散発的に発生したものの、幸いにも収拾のつかない集団感染は発生しませんでした。これには、あまり知られていない害時感染制御チーム17) (DICT)の支援も下支えしていました。2011年の東日本大震災などに始まる災害時の避難所での集団感染を経験して日本環境感染学会17)が主体となってDICTを立ち上げました。DICTは能登半島地震発災後1カ月半にわたって活動したとのことです。​

​​小中高次機能病院の新設案

 県の医療再建案の具体化が遅れるにつれ、子育てや仕事に不安をかかえる世代は去り、また、帰っては来ず、故郷で生活を全うしたい希望の強い老人世代はそのまま居残り、そして、避難場所から帰郷するでしょう。当然疾病構造も変わり、医療需要も変わるであろう。すなわち、能登半島地震により高齢化・過疎化が加速度的に進行しつつあります。結局、民意も不明の状況下、まさにこれだという医療再編をイメージしがたいのです。 が、以下に、私案をあえて提示します。これは、2024年7月23日に訪ねてこられた金沢大学理事・副学長谷内江氏や石川県庁健康福祉部次長の木村氏などにお示した案(第15話)を修正したものです。​​

  1. 基幹病院センター構想:小―中規模高次機能病院新設;研修センター、検診センター。看護介護センター、災害研修センターなど併設。能登空港に自衛隊の災害救急援助隊分遣隊常駐、災害救急ヘリ待機場設置。既存病院施設の有効利用(災害避難所、災害ボランテイア宿泊所兼用)

    広域地域医療センターにはスペシャリストも集合するので、金沢大学病院や石川県立中央病院に時々帰学する研修医にも向学の利便性が増すであろう。さらに、次に起こりうる災害時の「酸素難民」をださないための一元化した患者情報をセンター内で管理する(人工透析患者についても同様)工夫も良いと思われる。

  2. 公立4病院ダウンサイズイング構想:既存の病院の病床数を再調整し、慢性期・介護病床を増やす。また、災害避難者やボランテイア対応の宿泊場所も内部に一定数確保。常勤医師を4病院でシェアする(交互派遣)よう統一した管理部門を新設する。救急搬送体制が懸念されるので、各、病院近辺にヘリポートを確保し、金沢地区など高次機能病院への転送をスムーズとする。ヘリ利用不可の場合もあるので、道路網の整備・拡張を実施する。

    2a. 公立4病院のダウンサイズイングに伴い、医療職を老人医療に重点を置くべく、訪問看護・介護機能を強化する。院内に介護医療院を設けている市立輪島病院スタイルや民間医療(介護)施設に病室を提供している公立宇出津総合病院形式は好個のモデルである。医師も総合診療医が望ましい。

    2b. 基幹病院センター構想に、災害(危機)管理・研修センターを新たに設ける。ここで、酸素機器利用者や人工透析利用者など災害弱者の登録管理を行う。平時は、全国から震災対応研修者を受け入れる研修コースを設ける。もしくは県庁健康福祉部に規模を縮小して置く。そして、公立4病院持ち回りで震災対応研修コースを置く。あるいは、能登北部健康センター内に災害(危機)管理・研修センターを置く。石破首相の防災庁の機能を一部果たす。(2b案は、木田厚瑞氏の示唆を基に作成しました)

*本稿をほとんど完了した2025年㋁20日,石川テレビニュースが、馳知事が、奥能登の公立病院について、県は能登空港の周辺に救急や入院の機能を集約した新しい病院を建設すると発表したと報じました。19日に4つの公立病院院長も参加した検討会で、4病院が要望している新しい基幹病院について議論した結果であるといいます。私の試案1に近いものであろう。漸く、一歩を踏み出したと喜びたいです。

参考資料
47.小川洋輔 「輪島で家庭医に」夢のクリニック襲った災禍-小浦友行・ごちゃまるクリニック院長に聞く vol.1, vol.2,vol.3, 2025年1月1日,1.3,1.5配信 医療維新 m3.com https://www.m3com>news>iryoishin 2025年㋁5日アクセス
48.日本医師会 JMAP 地域医療情報システム jmap.jp/cities/detail/medical_area/1702 2025年㋁5日アクセス
49.厚生労働省大臣官房厚生科学課災害等危機管理対策室 令和6年能登半島地震の教訓を踏まえた厚生労働省の対応等について 令和7年3月5日 https://www.mhlw.go.jp>content 2025年4月17日アクセス
50.社会福祉法人 全国社会福祉協議会 令和6年能登半島地震におけるDWAT活動について 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応検討ワーキンググループ(第3回) 令和6年8月7日(水曜日) https://www.bousai.go.jp>noto>pdf>siryo3_2_6  2025年4月17日アクセス
51.野口千里、鈴木賢太郎 〈令和でも雑魚寝の避難所〉戦前から変わらない劣悪な環境、運営に必要な発想の転換 Wedge Online2025年2月10日配信https://wedge.ismedia.jp 2025年㋁12日アクセス​

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