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センター長のささやき 第17話

ページID:0106637 更新日:2025年8月5日更新 印刷ページ表示

第17話 酸素難民を出さない工夫-能登に明日が来るように-

過去の大震災の教訓は活かされた?

 いったい阪神淡路大震災や東日本大震災を経験して災害医療対応が進んだはずですが、能登半島地震ではうまく活かされたのでしょうか? DMATなどの迅速展開と行政とDMAT、病院との連携などはうまく機能しました。透析患者さんへの対応13)も機能しました。また、第16話に登場しました災害時感染制御チームDICT17)も新しく避難所などで活動しましたし、日本災害リハビリテーションチーム16)(JRAT)や災害看護学会災害看護メンバー18)、災害派遣福祉チーム(DWAT)50)も今回の能登半島地震で活躍しています。

透析難民をださない

 今回の能登半島地震では上下水道の損壊で人工透析者の「透析難民」発生の恐れもありました。もう少し、詳しく見ていきましょう。石川県透析連絡協議会活動報告52)によれば、能登半島地震で6つの透析施設が断水で機能不全に陥り、計384名の透析患者を金沢以南の病院に1月5日までに1次避難させました。これには日本透析医会災害時情報ネットワークや石川県庁とのメーリングリスト共有によって対応していました。加えて日本災害時透析医療協同支援チーム(JHAT)や日本臨床工学技士会なども迅速に支援活動を行っています。​​

酸素難民はださなかった?

 透析患者とHOT患者への医療関係者の対応を比較しますと、HOT患者支援体制の組織化は大変遅れをとっていると認めざるを得ません。各地で活動しているHOT患者会も、情報交換の場になりますが、実は、石川県にはまだ発足していません。
 振り返ってみますと、各病院の医療者は誰も全HOT,CPAP患者の数を把握していなかったことに象徴されるように医療者側からの危機管理・対応の工夫は著しく遅れていたといわざるを得ません(病院の保険請求部門はHOT患者数を把握してはいたであろうが、具体的に個々人の名前や住所などを一括管理するという意識はなかったであろう)。
 しつこいかもしれませんが、「酸素難民」をださないためには、酸素機器メーカー間の情報共有や、酸素機器メーカーと病院や行政間の連携の工夫が必要です。これらの問題はすでに木田厚瑞氏らが東日本大震災などでの医療活動報告などを広範に収集して災害医療の問題点と対応策を網羅的に述べています53)。医療関係者には大いに参考となる内容です。​

​​酸素難民を出さない工夫

 訪問看護に力を入れている渡部CR-CN らは、HOT患者・在宅人工呼吸療法者向けに「在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法患者の災害対策~事前準備や停電時の対応」を啓発しています54)。行政と酸素機器業者と一体化した、自治体主体のHOT患者情報共有システムのもとHOTセンター(医療機関内に)の運営を目指すといいます。これには、2018年に起こった大阪北部地震、台風21号来襲の際の停電により、在宅人工呼吸器使用者が病院に救急搬送され混乱したことが経験となって、新たに策定された大阪府在宅患者災害時支援体制整備事業55)(2020年3月)が後押しをしています。石川県には、このような動きはまだありません。

酸素機器メーカーの工夫と限界

 第12話でも言及しましたが、1995年の阪神・淡路大震災、2004年の新潟県中越沖地震、2011年東日本大震災などでの経験を生かして、HOTを扱う酸素機器メーカーは独自のHOTネットワークを構築して今回の能登半島地震時に酸素難民をださないよう対応し、努力していることがうかがえます。が、情報は各社内にとどまって運用されており、メーカー間では共有されていません。ここでも個人情報の壁です。矢内医師ら5)は東日本大震災時の経験から災害時に被害地域隣接にHOTセンターを設ける必要を痛感しています。 木田医師ら53)もHOTセンターを紹介しています。第13話でも紹介しましたが、酸素機器メーカーが能登の2か所に臨時の酸素(ボンベ)センターを設置したのも1種のHOTセンターと位置づけられますが、その情報が即時的に医療者やHOT患者に伝わらなかったことは悔やまれます。
 業者による能登半島地震時のHOT/HMV/CPAP利用者への対応を精緻にアンケート調査した濱坂氏56)も業者の対応を評価しており、また、「ライフライン被害による安否確認の困難さ、今後の医療機関・行政との(情報共有など)連携の改善点」を指摘しています。さらに、このような状況を憂慮して、震災時の医療用酸素供給不足とHOT者への支援への警鐘を日本産業・医療ガス協会(JIMGA)が鳴らしました57)。来る、南海大地震を念頭において、これまでの危機対応でよいのかという問いかけといえます。
 すなわち、能登半島地震発生以前の想定では、電力の回復が3日から7日であったが、実際(能登半島地震で)はその数倍かかり、水道の復旧は7日から14日であったが、やはり数倍の日数を要し、道路の復旧も7日程度の想定ではあったが、これも、なかなか復旧しなかったのです。基幹病院からの酸素を必要とする重症者が自衛隊などの支援で転院し、酸素使用量が減り、その結果、医療支援チームからの酸素ボンベ要請も減り、病院備蓄の酸素ボンベで対応できたことで、酸素難民発生を極力抑えることができました。これには、DMATとの協力連携が必須でした。それでも、道路の損壊と通信の途絶が想像以上でHOT,CPAP,在宅人工呼吸器利用者全員との速やかな連絡は各事業者が困難を覚えています。日本産業・医療ガス協会はこうした経験を踏まえ、「緊急・災害時に対象地域の患者を迅速に把握するためには、患者情報管理システム(患者安否、所在確認、処方流量等の情報が即座に分かるもの、JIMGA仕様で開発した患者情報管理システムを紹介)を利用することが有効」、「患者への非常用で電源確保手段として電動車を紹介」、「電動車から医療機器への給電マニュアルを追加」、「携帯用酸素ボンベ残量早見表を追加」等、災害時に在宅酸素事業者が行う事を明記しています。さらに、強調しているのは「医療機関・行政・事業者間での個人情報の共有化やそれに基づいた活動指針の策定が肝要」という事です。誠に時宜を得ている提言です。

​​想定を超える災害にどう対応するか?

 結局、HOT患者情報の一元管理が急務ですが、個人情報の壁に直面します。「死ぬか生きるか」にさらされている時に、「何が個人情報を尊重か」という感情論では片づけられない問題ですので、突然の災害発生時に運用(発動)できる法的救済法を制定すべきと思います。例えば、国が進めています基盤的防災情報流通ネットワーク58)(Shared information Platform for Disaster Management,SIP4D)や次期総合防災情報システム59)に酸素機器メーカーも参加してHOT情報などを取り入れる工夫も必要と思います。令和2年7月の熊本豪雨では人工透析が必要な患者の居住地情報に利用されたといいます。
 草加市では帝人ヘルスケア社とフクダライフテック社が災害時における酸素等の供給に関する協定を締結しました60)(2024年4月5日)。3者間で災害時に情報共有ができることになります。まず、いますぐできることは酸素機器メーカーと病院間での災害時情報連携を円滑にできる方策を確定することです。
 電源途絶に備えて病院や高齢者入所施設での酸素機器や酸素ボンベ等の備蓄を増やすことも必要です。が、宇野酸素株式会社の犬飼氏によれば、高圧ガス保安法が改定61)され医療用酸素の複合容器の再検査周期が3年から5年に延長(2022年7月ごろ)されたものの、(酸素貯蔵)容器の腐食や着臭などの懸念から保管期間を製造後(充填後)半年から1年で使用してほしいとのことです。また、大量の高圧ガスを貯蔵するには、都道府県知事への申請が必要とのことでした。病院関係者の注意深い点検が必要となり、業務も増えることになります。なお、一般社団法人日本産業医療ガス協会医療ガス部門から医療酸素ボンベについてわかりやすい説明書62)が開示されています。
 このように課題は多々ありますが、一つづつ、確実に改善していくしかないですね。
*奇しくも、2025年3月31日南海トラフ巨大地震への対策を検討する中央防災会議の有識者会議が平成26年の基本計画を見直し、予想死者約29万8000人、全壊建物約235万棟と最新被害想定を公表63)しました。

​​最近のHOT,CPAP患者さんの動静は?

 2025年1月20日の時点で、気になる点を挙げますと、穴水病院ではHOT患者が25名から19名、CPAP患者は57人から59人、市立輪島病院内科では28名から14名へと、CPAP患者は34名から28名に減少し、珠洲市総合病院内科でもHOT患者が20名から6名と激減しました。公立宇出津総合病院ではHOT患者が14名から6名に減じ、CPAP患者は18名から19名と変動しました。恵寿総合病院ではHOT患者が14名から12名に減じ、CPAP患者は54名から60名、在宅人工呼吸器利用者は1名から0名へと変動しました。フクダライフテック調べでは奥能登でHOT患者が60名から50名ほどに減少、CPAP患者は10名減少しました。宇野酸素はHOT患者が1名減少しCPAP患者は不変であったといいます。帝人ヘルスケア調べでもHOT患者が92名から48名に減少し、CPAP患者は増減激しく一定しないということです。このように、全体としてみると震災後HOT患者やCPAP患者は減少しています。避難先の医療施設で安定した加療を受け続けているのか、あるいは、震災により死期を早めてしまったのかもしれません。「災害弱者」のHOT患者などの減少理由を今後検証する必要があります。

災害弱者をださない

 問題はHOTだけではありません、2024年冬、寒くなってきて増加してきたのはインフルエンザA型感染者ですが、新型コロナウイルス感染者は相変わらず減少してはいません。狭い仮設住宅住まいで1人が感染すると感染があっという間に広がります。雪が舞い散る寒い環境のもと、狭い仮設住宅に閉じこもっては家族内感染をもたらし、解体業者などは仕事中も宿舎に帰ってもマスクを装着しない人が多く、感染症の蔓延する条件は揃っています。別の意味での「災害弱者」です。2025の年冬から2026年の春にかけても状況は同じであることを憂慮します。今後も、災害関連死者は増加するでしょう。

能登北部医療圏の公立4病院の現況(2025年1月1日現在)

 震災後、各病院の内科常勤医数の減少をみないものの、輪島病院では整形外科医1名、産科医1名、珠洲市総合病院でも整形外科医1名が減少したまま補充の見込みが立っていません。石川県によれば、奥能登では震災後1年を経過して、公立病院と民間医療施設合わせて、病床が570床以上から、150床以上減少しました。高齢者老健施設なども回復が遅れています。看護師・検査技師・放射線技師・理学療法士などの医療スタッフの離職補充がきかず、人口流出にも歯止めがかからず(2025年1月1日現在、珠洲市10.2%、輪島市10.0%、能登町6.0%、穴水町6.0%、七尾市3.8%、志賀町3.8%と2024年1月1日と比較して減少)、医療機関の赤字が必至です。早急な、経済的な医療再建も求められます。
 2025年4月、外来受診されたHOT患者さんが、身体障害の申請ができないかと問われましたので、肺機能検査と動脈血ガス分析検査を試みました。%FEV1は40%と第3度の重症COPDですが、動脈血の色はそんなに鮮紅色でもなく黒くもなく酸素分圧は70Torrぐらいかなと思い検査室に提出しました。得られた結果はPO2117Torrでした。問い合わせしてまもなく担当技師さんがあわてた感じで外来診察室まで来られました。「しばらく血液ガス分析機器を使用してはいなくて、標準ガスなど用いてのキャリブレもうまくいかなかったようです」とのこと。検査技師数も不足した状態で頻繁ではない検査項目の対応ですので、無理は言えないなと嘆息しました。

​​エピローグ―能登に明日が来るように―

 本ブログを書き終えた今も医療関係者の先の見えない不安と苦悩が続いています。そして今後もそれは続くでしょう。能登半島地震後の医療関係者の時間軸の動きはまだまだ遅いです。道路、上下水道、住宅などのインフラ復旧・復興が最優先されるのは当然ですが、医療体制復旧・復興を2の次にしては、当地の住民の健康維持管理にも支障をきたし、医療体制が正常に機能している避難地区から帰郷を考えている人々も躊躇するであろう。まして、医療機関職員の不安と不満が高まり、勤労意欲も低下し、離職者も続くでしょう。そのうえ、当地の診療機関に就職して医療体制に寄与しようという「現代版聖職者」はどれだけ出てくるであろうか?もともと、多くの医療関係者は医師を筆頭に金沢近辺への定着志向が強い地域です。
 本話には、震災前の医療事情と私と私の近しい知人等の個人情報ともいうべき震災時医療経験も記載しました。少しでも、奥能登医療体制の復旧・復興スピードが加速して、医療関係者の安心を取り戻せる日が早く来ることを心から願っています。
そして、能登半島地震以前から当地に留まり続けて地域医療を今も守り続けている医療関係者の方々と地震時の当地の医療体制崩壊を、身をもって防いでいただいたDMAT、JMAT、JHAT、JRAT、JDAD、DICT、DWAT、自衛隊、緊急消防援助隊、災害支援ナース、災害支援薬剤師、災害支援検査技師、日本病院薬剤師会、日本薬剤師会、数多くの民間NPO法人、ボランテイアの方々のご支援に深く感謝申し上げます。
 また、本話が完結するまでに、非日常空間の被災地診療に追われている医療関係者の方々に種々の資料提供を依頼し、多大な心労をおかけしましたことをこの場を借りてお詫び申し上げますとともに心から感謝を申し上げます。​

参考資料
52. 猪坂幸司 令和6年1月1日能登地震における石川県透析連絡協議会の活動報告 http://www.ishikawa-nn.jp>meeting>doc>14_1 2025年4月16日アクセス
53.木田厚瑞、茂木孝 慢性呼吸器疾患患者の大災害対策-チーム・アプローチのための情報-
メディカルレビュー社 2016年10月31日初版第1版発行
54.渡部妙子.監修 森下裕、竹川幸恵。在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法患者の災害対策
~事前準備や停電時の対応 2025年1月7日公開 編集 株式会社照林社 NsPace
55. 在宅患者災害時支援体制事業委員会 人工呼吸器装着者の予備電源確保推進にむけた災害対策マニュアル 2020年3月14日作成 一般社団法人大阪訪問看護ステーション協会発行 大阪府在宅患者災害時支援体制整備事業
56.濱坂秀一 令和6年度能登半島地震における在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法・在宅持続陽圧呼吸療法を扱う事業者の災害対応 呼吸療法2024;41:212-216
57.一般社団法人日本産業・医療ガス協会 「医療ガス事業者から見た災害時の対応と課題について」2024年9月24日発表 医療関連サービス振興会 第294回月例セミナー https://ikss.net> 2024年10月2日アクセス
58. 内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(防災計画担当) 災害時の官民の情報共有の取組について 資料1-2 https://www.cas.go.jp>resilience>dai52>siryo1-2 2025年4月20日アクセス
59.内閣府 防災分野のデータプラットフォーム整備にむけた調査検討業務 資料2-1 次期総合防災情報システムについて https://www.bousai.go.jp>gijutsu>siryo2-1 2025年4月20日アクセス
60.市長室の話題 草加市 災害時における酸素等の供給に関する協定締結式。 https://www.city.soka.saitama.jp/cont/s1002/PAGE0000000000000008041.html 2024年3月28日更新 2024年8月4日アクセス
61.一般社団法人産業環境管理協会 2022年7月環境関連法改正情報 高圧ガス保安法関係 https://www.e-jemail.jp>act_amendment>2022/07 2025年4月22日アクセス
62.一般社団法人日本産業・医療ガス協会医療ガス部門 医療ガスについて https://www.jimga.or.jp>Medical_gases_info>yoki 2025年4月22日アクセス
63.内閣府防災担当 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ 報告書概要 令和7年4月4日
https://www.cas.go.jp>dai4>sankou1-1 2025年4月20日アクセス

(終)​