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センター長のささやき 第15話

ページID:0106526 更新日:2025年7月22日更新 印刷ページ表示

第15話 能登北部医療圏再建の道筋は?

平成19年にも能登半島地震が生じた

 これまで、石川県などから医療復旧計画案が毎年のように公表されています。実は、能登半島では2007年3月25日、M6.9の能登半島地震が発生しました。輪島市、穴水町、七尾市で震度6強、志賀町、能登町、中能都町で震度6弱、県内で死者1人、重軽傷者318人が発生しました。建物の全壊は590戸、半壊1170戸、一部破損1万275戸の被害が出ました。地震による断水で市立輪島病院では透析ができなくなりました。電話など通信も途絶し、一時的に停電も発生してHOT機器も使用できない症例もあったそうです。この時も県内外からDMATやJMATなどの災害派遣医療チームが医療支援活動を行っています。当時の医療の対応を詳細に検討した児玉一八氏は、来るべき災害への予防対応措置を講ずるよう警鐘を鳴らしました40)。また、市立輪島病院長品川医師も輪島病院の対応を報告し41)、23名のHOT患者対応を乗り切ったが、「患者、医療機関と在宅酸素業者の連絡網の整備」の必要性などを提唱していました。今回の大地震発生時にはそれが生かしきれなかったのです。何故でしょうか?

​ 石川県が昨年(2023年)修正した「地域防災計画」の地震被害想定42)では能登半島北方沖でM7.0の地震が起きた場合は「ごく局地的な災害で、災害度は低い」と評価していました。すなわち被災中心域を輪島市、珠洲市とし、「死者7人、負傷者211人、避難者2781人、建物全壊数120棟、炎上出火件数4件、炎上棟数0棟」と見積もっていました。行政が来る災害時の被害程度を27年間全く見直さず、対応を長らく放置したままであったのを見直したわけです。が、どのような根拠で被害をこのように過小評価したのでしょうか? 担当者は2007年の地震被害を何とか乗り切ったことと、想定外の災害被災は想定したくないし、起こらないと希望的に思い込んだということであろうと推定します。東日本大震災の津波の程度を想定外ととらえたのと同じ思い込みでしょう。では、担当者とは誰でしょうか?

*2025年3月20日FNNプライムオンライン配信(news.yahoo.co.jp/articles/e89c27e6f17be02fd4eb)によれば、石川テレビが県内の市町のアンケート調査を行った結果、石川県の地域防災計画に記された地震被害の想定が27年間余り見直されなかったことが今回の避難所の環境などに大きく影響を与えていたことが判明した。すなわち、「避難所での健康管理や食料、水、毛布、段ボールベッドな支援物質の供給」などで支障をきたした。珠洲市長も「想定に沿って(災害)備蓄量とかを決めて用意しているので影響があったと言わざるを得ない」と答えている。県は被害想定の見直し案を2024年度中に作成予定であったが、改定作業は遅れている。

被災地区の病院赤字

 2024年1月1日の能登半島地震から半年経た時点で、大きな被害に遭った奥能登地域の4市町(石川県輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)の医療機関が岐路に立たされています。インフラが復旧し、公立4病院が外来・入院を再開していますが、いまだに避難先から戻らない住民が多く、患者が激減しています。石川県によると2023年度(2024年1月~3月含む)決算43)で、珠洲市総合病院が約5億7000万円、市立輪島病院は約2億3000万円、公立宇出津総合病院では約3億2000万円、公立穴水総合病院が約1億1000万円の赤字でした。なお、2022年度は公立宇出津総合病院が約300万円の赤字であったものの、他の3病院は黒字でした。2024年度の医業収益はもっと赤字額が大きくなるでしょう。

*2025年3月5日の北國新聞記事によれば、県議会2月定例会で、2024年度、珠洲市総合病院が6億5千万円、市立輪島病院が6億円、公立宇出津総合病院が5億円弱、公立穴水総合病院が2億円の赤字見込みと発表された。背景に前2者での入院患者数回復は地震前の5-6割、後2者で8-9割、そして外来患者数は穴水病院(ほぼ回復)を除き8割程度の回復であるとのことです。

​​悩める自治体トップ

 馳知事は2024年2月29日の県議会での一般質問に対する答弁で、能登半島地震で厳しい状況にある奥能登地域の公立4病院について、「将来的な病院の集約を含めた医療体制の強化策を検討していく」との方針を示しました。そして、石川県は将来的な病院機能の集約も視野に、7月中にも病院の機能強化に向けた検討を始めるといいます。が、次のような意見も存在します。すなわち、2024年5月27日付けで日本婦人の会会長は、当時の岸田首相と土屋晶子復興大臣宛に「奥能登4病院の閉鎖・統合計画を中止し、医療・福祉施設の拡充、介護、学校への支援を強め、住民が住み続けられるよう、住民の意見を尊重し生かした復興をすすめてください」と要望書を提出しました。6月に石川県は「能登の創造的復興なくして石川の発展はなしえない」というキャッチフレーズで有識者を集めた石川県創造的復興プランを公表し44)、インフラ復旧に優先的に取り組む姿勢がみられます。が、医療の再建については「奥能登公立病院機能強化検討会(仮称)の設置」という内容で、令和6年から7年にかけて現状分析と対策を検討するという、何ら具体的な対策が盛り込まれていないものです。

 6月に県から創造的復興プラン施策編が改めて発表されました45)。医療人材の確保・離職防止については、これまでも試みてきた様々な施策と何ら変わらず、焼き直しにすぎないのです。

 2024年7月24日、石川県庁の健康福祉部次長の木村氏、課長補佐の清水氏と金沢大学理事・副学長の谷内江氏(金沢大学能登里山里海未来創造センター長兼務)が穴水病院の私の部屋を訪ねてこられました。医療再建について意見を求められたので、第16話で詳述します基幹病院センター(小―中規模高次機能病院新設プラン)構想をお話ししました。輪島出身でふるさと思いが強いのであろう谷内江氏も熱心に耳を傾けられた。「やはり、建設資材が高騰しており費用の面もハードルですが、医療人材の確保や病院の持続可能性の担保などーーー山積する課題をどう整理するかーーーー」と3人とも深い溜息をつかれた。
8月9日、奥能登の医療を見直す検討会が県主導で初めて開催されました。その際、能登北部公立4病院長側は患者減少による経営危機と医師などのスタッフ確保が困難な状況から、奥能登の医療拠点となる基幹病院を新たに建設するよう県に要望しました。もともと地域の病院長は地震前から、人口減少(過疎化)による病院運営や医療人材確保の困難性などを理由に新病院の設立を含めた医療機能の集約を提案してはいましたが、内容で一部意見の相違もあり、具体的な計画は進んでいなかったのです。
いっぽう、馳知事は8月10日、珠洲市の仮設住宅入居者との意見交換会で、住民からの質問に、「能登半島地震で甚大な被害を受けた能登半島北部「奥能登」エリアの公立4病院について「統合の話を進めるわけにはいかない」、 「当面は安心して医療を受けることができる環境づくりに全力を挙げる」と強調し、医師や看護師の確保などに取り組むと説明しました。また、「落ち着いたら議論を本格化させたい。どうすれば持続可能か総合的に考えたい」と「当面は集約せず、被災地の医療体制回復を優先する」考えを明らかにしました。このように、知事の医療再建の方針は迷走して、一定せず、白紙に戻ってしまっていました。「落ち着いたら議論をーー」の落ち着いたらとはいつの事? そして、落ち着いたらとは誰の事? 追い打ちをかけるように、石川県保険医協会は2024年9月4日、石川県に「奥能登公立4病院の存続と機能強化について現時点では復旧・復興が最優先。復旧・復興を遂げた段階で再編等の検討に入るという2段構えで考えている」と要望書46)を手渡しました。​

​​地元病院長も悩む

 奥能登の医療再編の具体的イメージに呻吟する知事が役割を果たしていないと一方的に糾弾するだけではいけません。公立穴水総合病院院長の島中医師も震災から2カ月過ぎて、北陸中日新聞のインタビューに答えて、「病院だけが再建できるわけはない。生活再建のスピードをあげてほしい」と要望し、副院長の中橋医師は「僕たちが決められることではないが、今回の地震をこれまで踏み出せなかつたチャンスと捉えたい」と、能登地方の病院再編、役割分担によって各総合病院の負担を軽くするべきと示唆する一方、「地元の人が変化を望むならいいが、それぞれに大事にしている生活、文化がある。一方的に医療の効率化を進めると弊害が出る可能性もある」と再編の難しさを述べています(第7話、2月21日の日記部分を詳述)。果たして、奥能登の民意はどこにあるのでしょうか?
 医療の効率化という点については2つの問題があります。一つは損壊した4病院の建物修復と医療機器の拡充をするのか、もしくは基幹病院建設を選ぶかという問題です。もう一つは医療人材の集中配備をどう工夫するかという問題があります。前者は資金的な問題ですが、後者の医療人材集中については、4公立病院の人材のかなりを基幹新病院に集中させることにもなり、残る4公立病院にどれだけ人材を残すか?、従来勤務していた4公立病院の医療人材が、場合によっては基幹新病院の立地場所によって遠方通勤になるであろう不便さをそれぞれ個々の医療人が許容できるか?などソフトの面で知恵を絞らなければならないことになります。もちろん、通院患者さんの利便性にも工夫が必要なのは言うまでもありません。​

参考資料
40. 児玉一八 2007年能登半島地震と被災地における医療活動 地球科学2007;61:301‐308.
41.品川誠 地震被害とその対策(能登半島地震における当院の経験と対応)Medical Gases 2011;13(1):42-45
42.石川県「石川県地域防災計画」2023年12月13日 〈httpss:// www.pref.ishikawa.lg.jp/bousai_g/bousaikeikaku/ 2024年4月6日アクセス
43.時事メディカル 公立4病院、赤字12億円超 奥能登、岐路に立つ地域医療―石川[時事メディカル]2024年7月10日 medical tribune https://medical-tribune.co.jp>news>articles 2024年7月14日アクセス 
44.令和6年度当初予算記者発表 石川県令和6年㋁15日 創造的復興プラン https://www.pref.ishikawa.jp>fukkou.digitalbook 2024年7月14日アクセス 
45. 石川県能登半島地震復旧・復興推進部創造的復興推進課 別冊 石川県創造的復興プラン「施策編」令和6年6月9日https://www.pref.ishikawa.jp>fukkyuufukkou/souzoutekifukkousuishin/fukkou/digitalbook2024年7月14日アクセス
46.石川県保険医協会 能登半島地震対応における医療提供体制に係る要望 2024年9月4日 https://ishikawahokeni.jp/wp/wp-content/uproads/2024年09月20日24 2024年9月27日アクセス

第16話 能登北部公立4病院再建の私案を提示します に続く