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センター長のささやき 第11話
第11話 呼吸器疾患患者さんの疾病傾向が変化しました
喘息、気管支炎、肺炎患者の増加
平屋の長屋スタイルの仮設住宅は、騒音も気になり、結構ストレスフルです。 患者さんのほぼ全員が被災者で、中には、9月末の豪雨災害をも被った人々もおり、外来でどんな言葉をかけていいのか、暗然として、無力感に襲われる日々を過ごしています。穴水総合病院の病床稼働率は90.6%と回復したが、震災前と比較して20%病床数を減らしています。看護師は10人離職し、看護協会の能登プロジェクト制度から支援看護師を受け入れたが、検査技師等含め人員不足はまだ解消していないのです。
震災を経て、外来受診者の疾病構造も変化してきました。呼吸器関連では、長引く咳嗽、喘息、肺炎患者が増加しています。穴水総合病院で2024年1月から8月に新たに喘息と診断された患者は144人で昨年同期の1.7倍に増加し、急性気管支炎は2.5倍の159人、急性肺炎は1.5倍の194人でした。他の3公立病院でも同様傾向がみられ、悪化した患者は金沢市内の病院に転院してもらった例もありました(北陸中日新聞記事、東京新聞記事、NHKテレビニュースで、そして読売新聞紙面に取り上げていただいた.)。
粉塵に覆われる町
しかも、たいていは 不眠、頭痛、食思不振、易疲労などの不定愁訴をも訴えられます。これまで以上に、当地では総合診療医が必要とされていると感じています。人口が減っているのに、呼吸器疾患の増加は、倒壊家屋の整理と道路修復作業などで、町全体が粉塵に覆われているせいもあり、さらに、2024年は暑い日々が長引き、マスクも装着せず、かたづけ作業をしているのも理由の一つであろう。建築年数の古い倒壊家屋の多い当地での撤去作業は防塵対策が必須ですが、町で見かけるボランティア作業員はマスクをしていないことが多いことに気づきました。20-30年後のアスベスト肺障害者の増加を懸念します。
*石川県生活環境部から(能登半島地震被災地区の)住民・災害ボランテイア向けに石綿(アスベスト)に注意喚起がなされていますし、石川県労働局も能登半島地震による倒壊家屋の後片付け作業時にアスベスト防塵対策の徹底をホームページ上呼びかけています。が、解体業者に対策が不十分と改善を求めてはいますが、アスベスト防塵マスクが高価であるという問題などもあり徹底できていません24)。
朝日新聞デジタル(2024年12月28日)ニュース25)によれば奥能登4市町で穴水労働基準監督署が一斉監督した工事現場の64.7%で法令違反があり、翌2025年4月18日の毎日新聞26)が珠洲市の損壊したホテルの壁の青石綿が露出して剥がれ落ちていたと報じました。この青石綿は数ある石綿繊維の中で最も発がん性(肺がんや胸膜中脾腫)の高いもので、厳密な飛散防止が求められるものです。読売新聞オンライン27)(2025年1月13日記事)によれば「災害とアスベスト-阪神淡路30年プロジェクト」実行委員会が実施してアンケート調査では、ボランティアの活躍する現場での石綿への注意喚起があったのは阪神大震災で5.6%、能登半島地震では17.1%と改善はしているものの(ちなみに防塵マスクの支給については阪神大震災で0%、能登半島地震では22.0%であった)、ボランティアの石綿対策はまだまだ不十分と指摘しています。
幼馴染からの医療支援
マスクといえば、2024年12月に入り、マスク4000枚、N95マスク400枚、防護ガウン200枚の寄付が公立穴水総合病院に届きました。幼馴染の笈田君(岐阜県で衣料関係の事業を展開)です。思わず、目頭が熱くなりました。
仮設住宅住まいと漏れ聞こえる患者さんの声
待合室の会話が外来診察室に流れてきます。「死にたくはないが、長生きしても(地震にもあったし)いいこともないがいね(“ないがいね”は「ないね」という能登方言)」。「仮設に住んでいるとなんもすることがない、気力も無くなった」。「動こうとすると背中も膝も悲鳴を上げてちきないね(“ちきない”は「つらい」という能登方言)」。従来あった地域住民の交流も途絶え、仮設住宅に引きこもりの人々も目立っています。地域コミュニティがいったん崩壊してしまいした。メンタルケアも必要と考えます。
再開した検診業務
呼吸器外来診療に加えて、検診業務も部分的に担当していますが、仮設住宅住まいで、身体をそんなに動かさず、食べるのが数少ない楽しみなのであろう。栄養バランスの偏った人も多くなった印象を受けます。そして、将来の展望も描けず、大きな環境変化への適応がうまくいかず、健康意識が低下している感じも受けます。9月の大雨洪水被害が、さらに追い打ちをかけるように能登北部地区からの人口流出を促しています。
再開された住民検診には、当院の検診に初めて来られる人たちが目立ち始めました。ほとんどが建設・解体業従事者です。当地に会社や作業所に臨時所属して支援をしに来てくれた人たちですが、40代から60代のほとんどは、例外なく、高血圧症、高脂血血症、糖尿病、高尿酸血症、の疾病を一つ以上持っていて、よく聞きますと薬物治療も不定期です。慣れない当地での勤務は健康を留意した食・生活習慣を維持できていないと感じました。それでも、検診を受けられる方はまだ幸いで、検診も受けに来られない人たちはもっと多いと危惧します。
センター長の独り言
近年は、私も腰痛にも悩まされ、身体活動性も落ち、老いの道に分け入ったと感じていた時の災害でした。市立輪島病院に呼吸器専門医も育ち、珠洲市総合病院に呼吸器疾患看護認定看護師(CR-CN)も誕生し、呼吸器疾患患者さんには福音です。私の、役割も、もういいかなと感じています。が、帰るところの無い患者さんを前にして、「さようなら」というわけにもいかず、少しでも患者さんの留まり木になればとの思いもあり、心境は複雑です。地震で年が開け、地震で年が暮れた1年でした。能登は現代でも陸の孤島です。
参考資料
24.「アスベスト対策不備」が目立つ能登の解体工事現場 高額マスクも高い壁…労働局、業界に徹底求める
東京新聞オンライン 2024年9月10日 tokyo-ne.co.jp/article/353042 2024年9月11日アクセス
25.安田琢典 能登の法令違反、一斉監督した工事現場の64.7%で 石川労働局 朝日新聞オンライン2024年12月28日 https://www.asahi.co.>articles/ASSDW5418SDWPJLB001M.html 2024年12月29日アクセス
26.大島秀利 能登地震、豪雨被害の建物から青石飛散か 周辺ではボランテイアも 毎日新聞2025年4月18日 https://mainichi.jp>articles>20250418 2025年4月19日アクセス
27.読売新聞オンライン 石綿対策ほぼなく活動、能登でも丁重...災害ボランテイアへのアンケート調査 2025・01・13 https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20250113-OYO1T50004/ 2025年1月14日アクセス