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センター長のささやき 第3話

ページID:0105960 更新日:2025年4月28日更新 印刷ページ表示

第3話 能登北部呼吸器疾患センターの活動開始です

 医療人材の少ない公立4病院は若い活力のある自治医科大卒業生の活躍でぎりぎり基本医療を支えてきました。ちょうど国の「緊急医師確保対策」等に基づく金沢大学医学類特別枠(いわゆる地域枠)が平成21年度に創設されて、卒業生は医師の少ない能登北部地区の公立病院に優先的に配属されることになったのです。卒業後2年間は金沢大学病院内で研修し、3年目は能登北部に派遣されるのです。2017年度から内科主体に4名が派遣され始めましたが、令和8年には、能登北部の必要医師数は達成される見込みとして2025年度から地域枠が10名から8名に減の方針と県が発表しました。不測の能登半島地震が発災しているにもかかわらず、県は、通常の医療行政をここでは行っていると、不思議に感じました。

 私は、彼らの呼吸器疾患診療の相談相手としての役割を担う意味もありました。呼吸器疾患患者の対診依頼を頻繁にされる研修医の中には疾患の理解と臨床能力の進歩をうかがえる対診依頼文面を感じる場合もあり、こちらも、前向きな対応をしようという気持ちを維持できました。一方、そんなに重症ではない症例の返書を丁寧に書いて、次回からの診療依頼をすると、「アルバイト稼ぎのしょぼくれた爺さん医」が、だまって診てくれたらいいのにと反応する気配の研修医もいました。いちいち、私の立場を説明するのも、上から目線のような気もして、そのまま放置しました。これも、出身母体の教員ではなかった運命でしょう。また、最初から、咳,痰、息切れなどを訴えている患者さんを外来で1度も診察もしないで丸投げしてくる研修医も残念ながら存在しました。早々に、「医療の交通整理」を覚えてしまうとはと情けなくなりました。自ら、修練をする意欲が盛んな卒業間もない時期を浪費しています。

 これは、必ずしも、内科メインを希望していない研修医も派遣されてくるという背景もあるだろう。さらに、常勤医が高齢化し、中堅医師や専門医の少ない能登北部4公立病院では充当な研修指導ができかねるという困った事情も内在していました。例えば、相談事例を挙げると、(1)肺炎を起こした老健入所者の治療を抗菌剤の治療で何とか対応しているが、改善が見られないと相談を受けた症例は、胃瘻形成状態で、血清総蛋白、アルブミンとも極低値で、あまつさえ、貧血も合併していました。栄養と貧血状態を改善しないかぎり、抗菌剤の変更だけでは乗り越えられない状態でした。(2)発熱ありとのことで老健施設から入院してこられた患者さん(入院時には発熱認めず、低アルブミン血症あり)が、入院後1週間して胸水が貯留したとの相談事例は、入院中の毎日の経静脈点滴療法という医療行為により発症しました。(3)肺化膿症と診断し抗菌剤使用選択の相談事例は、未診断のCOPD患者の肺炎像がスイスチーズ様陰影を呈したのを誤判断したものでありました。もっとも、私も2024年11月、咳嗽で受診された患者さんの、胸部両側上葉ののう胞様陰影を抗酸菌感染症と誤判断したという苦い経験もありますが。呼吸器専門医として減点です。

 このように、派遣された研修医自身も対応に苦慮した場合が多かったであろうと推測します。専門家集団の大学病院では2年間の初期教育を受けてはいるが呼吸器common diseasesの研修が手薄なのか、COPD、喘息、肺炎の対診依頼が多いのには少々驚きました。ともあれ、医師不足はこれらの若手医師派遣によって解消されてはきました。が、1年ないしは2年で交代するので、地元に呼吸器診療のノウハウがなかなか根付かないというジレンマを感じました。やはり、地元に密着した呼吸器専門医と慢性呼吸器疾患看護認定看護師が育たないと、患者さんに継続的に担保された呼吸ケアを提供できないと強く意識したものです。

 4か所の公立病院で呼吸器疾患外来診療を続けていくうちに、その土地に住む人々は、能登北部地区と一括りにはできないことに気づきました。人のやさしさは共通ですが、珠洲地区はあくまで、優しく時間はゆったり流れており、輪島地区は少しせっかちな時間の流れを感じました。穴水町と能登町はその中間です。呼吸器の疾病も珠洲地区ではCOPDがやや目立ち、輪島地区では喘息が多い(輪島塗職人さんの喘息は漆揮発成分のウルシオールが関与かとも疑った)印象を持ちました。共通したのは、じん肺・アスベスト関連肺疾患が案外多いことでした。珠洲焼や、珪藻土(10年間で珪藻土じん肺は1例のみであった)を材料にした七輪製造作業が原因とはいえず、多くは、都会への出稼ぎで建設作業や港湾労働、運輸業に、昔従事していた人たちでした。しかも、当時の職場は廃業して、同僚も死に絶えていて、職歴も証明できない人たちばかりです。じん肺・アスベスト関連肺疾患は詳細な粉塵職歴聴取と特徴的な肺胸膜病変の発見で診断はそんなに難しくありません。もっと以前に診断されておれば、救済の道が開かれていたのにと残念無念です。

 赴任して3年8か月を過ぎた時点で、呼吸器診療の中間まとめ1)を行いました。

 呼吸eレポート

 その内容を以下に説明します。2013年報告の第6次石川県医療計画2)(石川県医療計画平成25年4月発表)によると2011年、COPDや肺炎での死亡率が能登北部医療圏は県内随一でした。5年後の2016年県医療統計3)(平成30年4月)によれば能登北部地域のCOPD死亡率は34%減少し、肺炎死亡率も10%減少しました。県内他医療圏では減少していないので、能登北部地区の呼吸器診療レベルがあがったとうれしく思い込みました。人口流出地域で人口高齢化も県内トップ(2017年10月現在46.6%、石川県全体は28.9%)であり、呼吸器疾患は当然増加しているであろうにもかかわらずの現象です。この好ましい傾向をさらに強固とするには、当地には、呼吸器専門医と慢性呼吸器疾患認定看護師(CR-CN)のチーム医療がやはり必要と確信しました。石川県にはCR-CNが当時13名活躍していましたが、医師偏在と同じく、金沢市と七尾市の医療機関に集中していて、能登北部医療圏には皆無でした。県内や全国のCR-CNの活動を見ていると、研修医よりも優れた呼吸ケア(呼吸器疾患の啓発、生活指導、吸入指導、HOT指導、禁煙指導など)を提供でき、地域での啓発活動に積極的に従事している場合も多く、呼吸器科医師不在の地域医療・訪問看護ケアなどにも大いに期待される「スーパーナース」です。私自身も珠洲市総合病院呼吸器内科外来では、2021年から奥能登で第1号のCR-CN澤村看護師に大いに助けられました。

 第8次石川県医療計画4)は能登半島地震の起こった2024年6月に公表されました。震災による復旧・復興プランが加わるなどページ数は倍近くに増加していますが、従来型の医療圏別疾患頻度の記載はなく、COPDや肺炎死亡率の変遷は確認できませんでした。が、しかし、能登北部医療圏で待望の慢性呼吸器疾患看護認定看護師が珠洲市総合病院に2021年に1名、そして、2022年11月には市立輪島病院に呼吸器専門医が1名、それぞれ誕生しました。その人たちと能登北部医師会学術講演会~慢性呼吸器疾患チーム医療~というテーマでオンライン講演会を2023年5月に、サノフィ株式会社の支援を得て、開催することができました。ようやく、地元の医療者による呼吸器診療が形を整えてきたと、私の夢の一端がかなった気がしました。今は懐かしい思い出です。

*能登北部医師会学術講演会~慢性呼吸器疾患チーム医療~オンラインカンファレンス 講演「能登北部医療圏での呼吸器疾患診療を振りかえって」石﨑武志、 司会 Session1 慢性呼吸器疾患看護認定看護師としての看護実践活動~難治性喘息患者一事例に対するACT利用とその効果 珠洲市総合病院内科看護師 澤村めぐみ氏、Session2 喘息治療の基本~最新の知見を交えて~ 市立輪島病院内科医長川﨑靖貴先生」 18時30分-20時00分 於のとふれあい文化センター

参考資料
1.呼吸eレポート 提言・論説 呼吸器医師不在地区での呼吸ケア展開-呼吸ケアと慢性呼吸器疾患看護認定看護師- 2019;3時38分-44.
2. 石川県医療計画 平成25年4月発行 http://www.pref.ishikawa.lg.jp/iryou/support/center.html (accessed 2016年7月19日)
3. 石川県医療計画 平成30年4月発行 http://www.pref.ishikawa.lg.jp/iryou/support/center.html (accessed 2019年7月19日)
4. 石川県医療計画 石川県健康福祉部地域医療推進室 令和6年8月 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/iryou/support/center.html 2024年10月5日アクセス

第4話 能登半島地震が発生しました に続く