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喘息の話をしましょう
喘息の話をしましょう(3話完結)
第1話
喘息とはどんな病気ですか?
2024年1月1日の能登半島地震発生後、普段は喘息悪化で入院することもまれになった喘息患者さんが珠洲病院に入院されました。寒冷と思わぬストレスが重なり、喘息が悪化したのでしょう。その後の梅雨時期から秋にかけて喘息患者さんが増えました。倒壊家屋の後片付けと道路修復による粉塵が舞っている環境、すなわち、汚染された大気を吸入することによって喘息の発病が増えたと思われます。ただ、そういった環境下で全員が喘息になるわけではありません。
喘息になりやすい人は外からの様々な気道刺激物質に過剰反応する素因を持っています。これを、アトピー素因といいます。アトピー素因は遺伝しますので、親兄弟などに喘息の人が多いですね。喘息以外に、アレルギー性鼻炎やアレルギー性皮膚炎などもアトピー素因を持っている人が発病しやすいです。
ただし、アトピー素因を持っている人全員が喘息になるわけではなく、生まれ育った環境にダニやハウスダストなどの刺激物質(アレルゲンといいます)がたくさんあれば喘息になりやすいという事です。
近年、明らかなアトピー素因がなくても、ウイルス感染や大気汚染、急激な気温の変化、運動などにより気道粘膜が刺激を受け、破壊されて、炎症が持続して、喘息症状が現れることも判明しました。中高年の方に多い喘息にこの特徴がみられます。
さらに、解熱鎮痛剤によって発作を起こす解熱鎮痛薬喘息(以前はアスピリン喘息といわれていました)も知られています。アスピリン喘息は重症となりやすいのです。昔、整形外科で膝の痛みのため痛み止めのインドメサシン入りの張り薬を痛い膝に張って、喘息発作を起こした人が救急車で受診されました。
皆さんの中には職場で特定の作業をしているときに咳、息切れ、喘鳴などの症状が出る人もいると思います。職業性喘息といいます。職種としては、製パン・製麵業、こんにゃく製粉、蠣のむき身作業、ゴム手袋使用、さらには、ポリウレタン製造業、製材業など多岐にわたります。職場が休業の日は喘息症状がでません。原因物質が特定できれば、その物質の完全回避が原則です。が、職種を変えるなど生活スタイルを脅かすことになりますので、治療を受けながら該当の仕事に従事せざるを得ないこともあります。職業性喘息と判明すれば労災の申請もできます。
喘息症状としては突然の息切れ(息が吸えない、吐けない)が夜間早朝に現れます。息を吸ったり吐いたりする際に喉から「ヒューヒュー」という音が聞こえます。これを、喘鳴(ぜんめい)といいます。喘鳴が聞こえれば、原因がなんであっても喘息と診断してよいでしょう。主に、息を吐いたときにこの喘鳴が聞こえます。また、咳が夜間早朝に出現する場合もあります。痰はあんまり出ませんがタバコ喫煙者で喘息の方は痰が出やすいです。このような症状は寒くなり始めた季節や梅雨時、寒冷前線の通過などで悪化します。天候の急変で症状が悪化しますので、昔は、天気予報といわれていました。
それまで、症状がなかったのに、風邪をひいた時に、咳が長引いて咳止めも効かないと受診された人を検査しますと喘息発病であったと判明する場合もあります。
珠洲市の病院で昔、妊娠して喘息症状が出てきた患者さんがいました。妊娠中の喘息管理は胎児への薬剤の影響も気になり非常に気を使います。出産後、全く症状が出なくました。一方、妊娠してそれまでの喘息症状が軽くなったという報告もあります。
第2話
喘息と診断するにはどのような検査がありますか?
第1話の喘鳴を聴診器で聴取して、喘鳴や息切れの発生時間をお聞きします。そして、同じご家族や血縁者に喘息といわれた人が居るかを確認します。ついで、血液検査をして白血球の1種の好酸球(エオジン染色という特殊染色でオレンジ色に染まります)が増えているかを確認します。
同時に、アレルギーの素因(アトピー素因といいます)の有無を知るために血液中のIgEという抗体価を調べます。小児喘息や若年者喘息ではIgE値の高い人が多いです。さらに、喘息症状を持たらす、代表的な刺激物質(これをアレルゲンと表現します)の、ハウスダスト、ダニ抗原や犬、猫の毛やふけ排泄物などが含む抗原、花粉、カビ抗原(アスペルギールスなど)などの特異的IgE値を測定します。総和のIgE値が高値でなくても、これらの抗原に対する特異的IgE値が高値の場合があります。
さらに、息切れが軽度であれば肺機能検査を受けてもらい、1秒量(1秒率)が低下しているかを確認します。低下しておれば、ベータ刺激剤(気管支拡張剤)を吸入してもらい1秒量が大きく増加すれば、気管支拡張剤に反応ありとして喘息と診断します。
喘息は気道の慢性的な好酸球炎症と分かってきましたので、その炎症の程度を知る吐いた息の一酸化窒素(NO)を測定する機器が普及してきました。この呼気NOを測定して高値であれば、好酸球性炎症(すなわち喘息)があると判定します。
アレルギー性鼻炎も好酸球炎症の代表ですが、喘息の方の約30%にアレルギー性鼻炎の合併があると知られています。
以上述べてきましたが、喘息の診断は総合的に行います。
日常診療で対応に困りますのは、咳症状のみが長引いている方です。咳は風邪などの気道感染で最もみられる症状ですので、最初に発熱があったか?のどが痛くなったか?などもお聞きして参考にします。喘息の咳はのどがムズムズして出る咳がほとんどです。咳症状に加えて喘鳴や息苦しさがあれば、まず咳優位喘息として問題はないでしょう。8週間程度咳症状のみが続く方で呼気NO値が高ければ咳喘息と仮に診断します。さらに、肺機能検査で1秒量(率)が気管支拡張剤に反応して改善している場合もです。通常の咳止め薬では喘息の咳は改善しません。喘息治療薬の吸入ステロイドの治療で咳は消失します。咳喘息を放置しておきますと約30%の方は将来喘息になると報告されています。ただし、慢性的に咳の出る疾患は、センター長のささやき第2章で先に取り上げました間質性肺炎や非結核性抗酸菌症、副鼻腔気管支症候群、アトピー咳嗽などの呼吸器疾患や逆流性食道炎、心不全、咳過敏症候群などたくさんありますので、それらを否定しなければならず、安易に咳喘息と診断するのも躊躇しますね。
しかし、患者さんの利便性を考えますと実際の臨床では患者さんに咳喘息かアトピー咳嗽かなどと区別するための検査を求めるのも躊躇します。短期の吸入ステロイド剤の使用効果をみるのも一法と思います。
2025年6月、咳が長引いて、咳止め薬も喘息の吸入薬も効果が無くて、夜もよく眠れないという女性が受診されました。5月末から咳が出始め、のどは痛かったが、発熱は無かったそうです。待合室で座っておられた時のに聞こえてくる咳は、普通の風邪の咳とは異なり、のどの奥から「ケーンケーン」という感じの咳でした。百日咳感染です。潜伏期を経て咳が激しい発病初期の咳を生じる際の飛沫や接触によって他者に感染を伝搬します。2回受診していただいて血液検査で百日咳抗体価の10倍以上の変化を確認しました。高校生の娘さんからの感染でした。昔は、3カ月も咳が続くといわれましたが、現在でも有効な咳止め療法はありません。
第3話
喘息の治療法は?
昔、天山山脈北麓のキルギスタン(キルギス共和国)で国際共同研究をしたことがありました。海抜3000mの高地研究所に訪問した際に、ドイツから喘息学童が夏に喘息治療に来ていたとのことです。ドイツの都会を離れて喘息を誘発するアレルゲンの少ない清涼な高地の空気環境に効果があったのでしょう。
喘息治療の基本は薬物療法です。刺激によって気管支が収縮しますので、ベータ刺激剤で気管支を拡張させます。それに加えて、気道の炎症を抑えるステロイド剤の吸入を加えます。現在は、吸入ステロイド+ベータ刺激剤の合材が複数使用できます。重症喘息ではさらに抗コリン剤(気道収縮抑制作用)を加えて3者療法を行います。
タバコも吸う喘息の方を加療中に胸部CTを撮影すると肺気腫所見を発見することがあります。タバコ喫煙者に見られる喘息では胸部CT検査が必須です。もちろん、COPD患者さんの第1選択剤の抗コリン剤を含む3種類の吸入療法をこの場合お勧めします。
逆に、COPDとして加療中に風邪などにり患して、聴診器で喘鳴を聞くことがあります。こまめの肺聴診が大切になります。これらの喘息は喘息+COPD型ということになります。
時に、治療中の喘息の方が症状悪化して、血液中の好酸球が著明に増える場合があります。胸部写真を撮影しますと、肺内に淡い均一な陰影が広がっていて、一見細菌性肺炎かと見間違えます。実は、肺内に多数の好酸球が浸潤して起きる、好酸球性肺炎です。
ステロイド剤の静脈内点滴療法と内服ステロイドで対応できます。
吸入療法が応用される以前はステロイド剤の飲み薬が重症喘息の必須の薬剤でした。ただ、長期に使用しますと糖尿病が顕れたり、骨粗しょう症となり骨折したりと副作用が問題でした。現在でも飲み薬のステロイド剤は中等度以上の喘息発作時には使用しますが、数日の処方に留まります。
ステロイド剤の代わりに、現在は、喘息コントロールが不十分な場合は注射で使用する生物学的製剤を用います。5種類の生物学的製剤を医療保険で使用できます。1カ月に1度ほど注射を行います。
不幸にして、喘息発作で救急受診された場合は、外来で、即効性のあるステロイド剤を点滴静注します。昔は、喘息発作があれば入院してもらいましたが、現在では喘息は外来の病気であって入院する病気ではなくなりました。
喘息の悪化原因は?
喘息の診断を受けて、吸入療法を続けますと、ほとんどの患者さんは3日目以降、良くなったと実感されるはずです。そのまま、吸入回数を減らしてあるいは3種類の吸入剤を使用しておられれば、2種類の吸入剤に変更するなどして長期に使用してもらいます。
なかには、喘息が治ったと思い、ご自分で吸入を中断してしまう人もいます。が、しばらくして、風邪や寒冷気候などがひきがねになり喘息症状が出て再び、みたび、受診される人もいます。喘息は大人の高血圧症や高脂血症、糖尿病などと同様、薬剤でコントロールはできますが、まだ、なおる病気ではありません。
また、吸入機器も種類が多く、吸気力の弱い人や、手の震えでうまく機器を口元に固定できないかなど、その患者さんの特徴をよく見て、どれがその人に合うかを医療者は判断する必要があります。最初に、吸入指導をしてもらいましょう。吸入指導は院外調剤薬局の薬剤師さんもしてくれます。長く使用していますと、ついつい、吸入の仕方が自己流になることがありますね。
風邪などの気道感染、そして天候の急変などで喘息症状は悪化することがあります。さらに、過労やストレスなども誘因となりますので、感染予防にお気をつけて、環境変化にも留意ください。
喘息はなおらないとお話しましたが、例外は、小児喘息です。適切な吸入療法などで中学生になるまでに約70%の方は症状が消えてしまいます。アトピー素因が強く、ダニやハウスダストなどが原因の場合が多く、ダニ退治やこまめな掃除でこれらの原因を除去することも効果的といわれています。ただ、残る30%の小児喘息の方は大人になって再発します。
終わり
(自宅庭に咲くガクアジサイ 2022年㋅)