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結核の話をしましょう

ページID:0106860 更新日:2025年9月29日更新 印刷ページ表示

結核の話をしましょう(5話完結)

第1話

結核はもう過去の病気ですか?

 我が国では人口10万人当たりの罹患率(病気発病した人の割合を人口10万人当たり何人と数字で表します)は8.1(2023年)とWHOのいう低蔓延国(10を切ると低蔓延国といいます)に落ち着いています。過去の病気となりつつありますね。しかしながら、全く過去の病気ではなく時々患者さんを診ます。私の記憶では能登北部の4病院での呼吸器診療で、3人でした。2人は超高齢者の再発例(若年時に治療歴あります)で1人は東アジアの高蔓延国から仕事に来ている外国人でした。見逃すと周囲に感染者が出ますので安堵しました。
 全世界ではいまだに最大のヒト感染症です。世界保健機構(WHO)によれば世界人口の約23%(約17億人)が結核に感染し、毎年1000万人が新たに発病して160万人が死亡していると推定されています。
 何故根絶できないのでしょうか? 発育が普通の病原細菌と比較してきわめて遅いので、この病気ではないかと思っても診断が遅れてしまう。多くの抗菌剤は病原細菌が分裂する時に分裂させない効果がありますので(1個の結核菌の分裂増殖に要する時間は約15時間、大腸菌は約20分です)抗菌剤の効果もすぐ出ないのです。結核菌はヒトの肺内が37度で湿度100%、高酸素状態(結核菌は肺の中で酸素分圧の高い上肺に病巣を好んで作ります)という環境が大好きです。ヒトから離れて結核菌は生きていけません。さらに、結核菌自身が、増殖するのに不利な環境(例えば低酸素、例えば抗菌剤で責められる)では冬眠(ほとんど増殖せず、生存に必要なエネルギー代謝を最低限に落としてしまいます)してしまうのです。抗菌剤の効果がでませんし、マクロファージなど生体の防衛細胞群が菌を貪食しても、貪食後の殺菌作用を無力化して、その細胞の中で冬眠してしまいます。 90%程度の人々は結核菌感染しても発病しないで、そのまま生命を全うします。これを潜在性結核感染状態といいます。感染と発病はすぐに結びつかないという細菌性肺炎と異なる特徴がある慢性感染症です。​

そもそも結核とはどんな病気ですか?

 慢性の感染症で、非結核性抗酸菌症のお話にも述べましたが、抗酸菌の一族です。が、酸をかけても死なないという意味ではなく、特殊な染色をしてそこに酸をかけて脱色しようとしても菌体が脱色されないという意味の抗酸菌です。問題は非結核性抗酸菌症と異なり、人から人に強力に感染するということです。ただし、感染しても約90%の人は発病しませんね。発病する人は感染してから2年以内に発病する場合が多いです。発病しない人はご自分の免疫能で結核菌を長期間に渡り封じ込めています。ところが、老齢になり免疫機能が低下したり、重度の糖尿病や腎不全、そしてリウマチなどの膠原病の治療目的にステロイド剤を長期に使用している場合や癌治療中、AIDS発症などで人体が免疫不全に陥りますと、肺の細胞の中で息をひそめていた結核菌が活発に増殖を始めます。

第2話

現在結核に気を付けることはなんですか?

 近世以降に結核は「老咳」として知られていました。幕末の新選組隊士沖田総司(26歳)や長州志士高杉晋作(27歳)、そして明治以降の女流作家樋口一葉(24歳)、音楽家滝蓮太郎(23歳)、俳人正岡子規(35歳)、歌人石川啄木(26歳)など著名人も多数この病気で倒れています。明治中期から太平洋戦争時代にかけてはこの病気で亡くなられる人がさらに増えて、「国民病」、「亡国病」として恐れられるようになりました。若年者に好発して国力発展を阻害することはなはだしい病気でした。
 特効薬としてようやく1944年にストレプトマイシンが開発されたのを皮切りに、イソニアチド(INH1952年)、カナマイシン(KM1957年)、エサンブトール(EB1961年)、リファンピシン(RFP 1963年)と現在使用されている結核菌感染治療薬が続々と開発されました。そのおかげで、結核感染は治癒しうる病気となり、わが国では発病者も毎年1万人程度と減少しています。しかし、残念ながら毎年1000人ほどの人が結核で亡くなっています。
 現在では結核感染を極端に恐れる病気ではなくなってきましたが、咳や微熱が長引く場合は、医療機関に早めに受診されることをお勧めします。そして、空気感染しますので、マスクも使用しましょう。低栄養が免疫機能を落としますので、体重減少しないようなバランスのある食事をとりましょう。
 また、我が国の中でも、結核患者さんが高率に発生する地域が判っています(例えば住所不定の日雇い労働者の人たちが集まる地区です。収入も低く医療保険にも入らず、健康管理にも関心が低いところです。最近は保健所が中心となって、第5話でもお話します直接服薬確認治療(DOT)法でよい治療成績をあげています)ので、多発地区には不用意に向かわないよう注意する必要があります。さらに、結核高蔓延国から新宿などの歓楽街に仕事に来ている人も多いですので、開放感のまま訪れるも立ち止まって考えていただければと思います。
 近年は、外国生まれの新規登録結核患者さんがわが国で10%を超えるようになりました。驚くことに、結核高蔓延国からの入国審査時に胸部エックス線検査を含む健康診断がこれまで実施されていませんでした。2025年7月から厚労省はようやく、フィリピン、ネパール、ベトナム等からの入国者に事前審査を開始します。順次対象国を拡大していくでしょう。アメリカなどはずいぶんと早い時期からこの審査を行っていました。我が国は、やはり、太平洋戦争でアジア諸国に迷惑をかけましたから、審査に踏み切ることにためらいがあったのではないかと邪推します。
 当然、結核高蔓延国への旅行・滞在も注意が必要です。衛生状態の良くない人込みに入るのは気をつけましょう。昔、大学病院時代に、夏休みを利用して南の某国を旅行した学生さんが数名帰国して肺結核感染発病した事例を経験しました。​

第3話

どんな症状がでますか?

 なんとなくだるい、食欲がなくなった、夜寝汗をかくようになった、微熱がでるようになった、咳や痰もでるようになったなど、これは結核ですといえるような症状がないのがほとんどです。希に、肺の入り口ともいえる喉頭に結核病巣が集中する喉頭結核では激しい咳が出ます。また、進行してしまい、肺の中に大きな空洞ができますと、空洞壁の血管が破れて喀血する場合があります。つまり、大部分の結核患者さんは、医療者が、ひょっとして肺結核ではないかと強く思って、検査を進めて初めて診断することになります。実際は、患者さんも医師も結核は過去の病気と思っている場合が多いですので、たかが咳や痰と思って病院受診も遅れ、医師側の診断も遅れて、治療開始が遅れることがあります。

国の結核への対策は?

 かつてわが国の死亡原因1位で「国民病」、「亡国病」として恐れられた結核対策として、1919年に結核予防法が制定されました。1923年には北里柴三郎博士らによって日本結核病学会が設立されました。我が国で最初の医学学術学会です。1939年には昭和天皇の皇后陛下の呼びかけで結核予防会(現在は秋篠宮妃殿下が名誉総裁です)が発足しました。このように結核対策に我が国は鋭意取り組んでいました。
 敗戦後、1951年には結核予防法が改正されました。健康診断、予防接種、患者さんの届け出と登録、患者さん管理、医療機関と保健所の連携などが系統的に盛り込まれました。そして、結核発症や死亡率の年々の減少という効果が現れて2007年には結核予防法が感染症法に統合されて、結核は2類感染症(2類感染症とは感染力及びり患した場合の重篤性からみた危険性が高い感染症を示します。ジフテリアや鳥インフルエンザ(H5N1,H7N9)なども含みます。ちなみに一類はエボラ出血熱やペストなど危険性が極めて高い感染症です)に定義されました。
 その改正で、これまで、「命令入所」(家族などの同居者に結核を伝染させる恐れがある場合は都道府県知事が結核療養所に命令入所させることができる)という強制的な入院措置もありましたが、「入院勧告」と変更されて患者さんの人権配慮が強調されました。退院についても「退院できる規定」や「退院させなければならない規定」なども設けられました。また、日常診療で医師が結核患者さんを新たに診断した場合は保健所に直ちに届け出る義務があります、故意に届け出を怠った場合は、50万円以下の罰金が医師に科せられます。​

第4話

 結核の診断法は?

 第3話で述べましたように、結核ではないかと積極的に疑う症状がまずありませんので、検査を行う事が必要です。痰を出してもらい、特殊な染色(抗酸菌染色)を施して顕微鏡で確認します。我が国では毎年顕微鏡で結核菌を検出できる患者さんは新規患者さんの70%ほどです。痰の中に結核菌がうごめいて沢山いるということは他のヒトへの感染力が強いということです。これを排菌陽性の活動性肺結核といいます。
 早く診断する方法は喀痰中の結核菌DNAを増殖して検出するPCR法です。が、検出陽性となっても生きている菌か死んでいる菌かは判断できません。やはり、最終的には喀痰を用いて結核菌が増殖するように工夫された培養器(液)を用いて増殖を確認します。ただし、第1話で述べましたように、発育スピードが遅いので、結核菌だと判明するまで4週間程度かかります。
 結核感染の約70%が肺結核感染症ですので、胸部X線検査法が診断の手順の一つです。かって、昭和11年に日本人研究者によって開発されたエックス線間接撮影法は、結核に悩まされていた帝国陸海軍が徴兵検査に導入し、昭和19年には学校や事業所の集団検診にも応用されました。昭和26年に結核予防法が施行されましたが、エックス線間接撮影法も必要な検査として導入されています。年配の方はこの検査を受けられたと思います。写真サイズは縦横10cmx10cmと小さく低被ばく線量ですので集団検診に重宝されたわけです。しかしながら、年々、集団検診での結核発見率も低下(結核患者数が減少した結果です)し、むしろ、病院受診などで結核と診断される場合が多くなってきましたので、この、エックス線間接撮影法は廃れてきました。現在は、胸部CT写真で肺結核の詳細な特徴的所見が判ってきましたので、この検査法がよく用いられています。
 もう一つの集団検診で応用された検査法にツベルクリン反応検査がありますね。ツベルクリン反応検査は1949年から30歳未満の人にBCG接種を行うかどうかの判断をする際に行われました。ツベルクリン検査陰性ですと結核感染未感染と判断してBCG接種を行いました。 もともと、1882年に結核菌を発見したコッホが、結核感染の予防薬と期待して結核菌を殺菌後無害化して得た抗原物質を含む液を1890年に分離精製し発表しました。これがツベルクリン液です。当時、狂犬病ウイルスワクチンの開発や改良型天然痘ワクチンがパスツール研究所で開発されていました。それに、コッホも触発されたんです。しかし、ツベルクリン液は結核予防薬としては失敗で、むしろ、結核に感染している人に陽性と出ることから、結核感染の有無の判断として利用され始めました。その後、ツベルクリン検査はBCG(ちなみにBCGは1921年パスツール研究所で開発された結核菌生ワクチンです)接種者にも陽性にでて、また、1部の非結核性抗酸菌感染者にも陽性と出ることが判明して、ツベルクリン反応検査の有用性がうすれてきました。
 同時に、BCGワクチンの効果も案外短く、期待したほどの予防効果もなく、接種部位の皮膚瘢痕化などの問題で不人気となりました。実はBCGワクチンは牛型結核菌由来です。学校保健法でもツベルクリン検査とBCG 接種は2003年に廃止となりました。現在の考えは、乳幼児期にBCGを摂取すると、結核の発症を52%~74%、重篤な髄膜炎などを64%~78%程度予防するであろうと報告されています。その効果ですが10年~15年程度続くとのことです。2013年には満1歳以下の乳児期にBCG接種推奨となりました。
 それでは、ツベルクリン反応にかわる診断法が無いのかといわれると、実はIGRAという検査法が開発されて応用されています。インターフェロンガンマ遊離検査というものです。結核に感染しますと患者さんの血液中のリンパ球など免疫系細胞がインターフェロンガンマを作って対抗しょうとする反応が判明してきました。患者さんの血液を結核菌抗原の塗ってある特殊な試験管に注入して、24時間ほど培養します。現在2種類の検査法があります。これらの検査法は1回の検査で済む利点があります。ツベルクリン反応検査は接種して48時間後判定という、2回患者さんに病院外来に来てもらう必要がありますね。しかも、ツベルクリン反応検査よりもIGRAは陽性的中率が高いのです。が、過去の結核感染で治療済みの方でも陽性にでますので、結核感染発病と即判断できません。他の所見などと総合的に判断することになりますので、本法はあくまで補助診断法の一つです。

​第5話

結核の治療法は?

 第4話でも触れましたが、結核は届け出が必要な感染症です。そして、入院基準や退院基準も規定されており、標準治療も決められています。さらに、治療期間が最低6カ月と長期に渡ります。その治療期間に耐性菌を出さないために多剤抗菌剤療法を原則とします。
 治療期間が長いですので副作用の早期発見も重要です。他の人に感染させないよう入院治療が原則です。特に、喀痰塗抹検査(痰のスライド標本上顕微鏡で抗酸菌を発見できる)陽性例は入院が必要です。以前はその検出菌の数で「ガフキー号数」をもちいていました。例えば、ガフキー1号は、喀痰1ml中に10の4乗個程度の結核菌が存在している状況です。排菌陽性であれば、陰圧設備を整えた隔離病室に入り、治療を開始します。治療開始で2、3週間過ぎればガフキー陰性になる場合が多いので、その間の期間は医療従事者もN95マスク(粒子径0.3ミクロン以上の粒子を95%以上除去できる性能を示します。ちなみに結核菌のサイズは3ミクロンほどです)の装着が必須で、患者さんは普通のサージカルマスクを装着していただきます。
 第2話に触れました結核菌の治療薬剤、イソニアジド+リファンピシン+ピラジナマイドにエサンブトールもしくはストレプトマイシンを加えた4剤治療を2カ月続けて、その後4カ月はイソニアジド+リファンピシンの2剤を続けます。それぞれの結核菌にたいする作用機序の説明は専門的になりますので省略します。要は、通常の細菌性肺炎の治療とは異なり、単剤治療が禁忌ということです。もちろん、重度の糖尿病や腎不全、膠原病などでステロイド治療中の方などは治療期間をさらに延長します。
 服薬期間が長いので、患者さんは規則正しく服薬できない場合があります。ので、医療者の目の前で服薬してもらうDOT(直接服薬確認治療です。保健所を中心に多職種連携での治療支援です)という方法があり、実践されています。
 DOTは不幸にして服薬を自己中断してしまい、耐性結核感染者となるのを予防する意味でも大切な方法です。結核は治癒できる病気ですので、結核と診断されても、なぜこんな病気になったのかと悲嘆せず、早めに治療を受けられることをお勧めします。
 副作用としてはイソニアジドの末しょう神経障害と肝機能障害、リファンピシンの肝障害と尿の赤褐色化、ピラジナマイドの肝機能障害と関節痛、エサンブトールの視神経障害、ストレプトマイシンの聴覚神経障害と腎機能障害などがよく知られています。
 服薬患者さんすべてにこの副作用が出るわけではありませんが、血液検査や眼科や耳鼻科での検査も適宜必要となります。​

​終わり

宿舎に咲くアマクリナム(宿舎に咲くアマクリナム2023年7月)