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非結核性抗酸菌症の話をしましょう
非結核性抗酸菌症の話をしましょう(3話完結)
第1話
非結核性抗酸菌症とはどんな病気ですか?
2024年1月1日に能登半島地震が発生しました。家屋の倒壊で避難所生活を余儀なくされた人が多かったですが、その中には、非結核性抗酸菌症という病気のせいで咳や痰がでていた方も多かったと思います。周囲に咳痰症状を気遣っての避難所生活はさぞかしストレスフルであったと察します。震災後の呼吸器診療を縮小しましたので、どうしておられるか詳しいことは不明です。病気が進行していないこと祈るばかりです。
さて、この病気は、わが国の感染症法に記載されていない特異な(呼吸器)慢性感染症です。年々増加しています。名前に「結核性」という言葉が入っていますので、びっくりされるかもしれませんが、結核とは異なり、人から人へはまず感染しません。ちなみに、結核は保健所に届け出が必要な2類感染症です。
名前の由来は、細菌を特殊な染色液で染めて光学顕微鏡で観察しやすくする方法がありますが、この菌種はアニリン系色素で染色すると酸やアルコールで菌体が脱色しにくくなり、顕微鏡下で赤く染まった細長い菌として認められます。有名な、結核菌の検出に用いられたチール・ネルゼン染色(この染色法を発見した2人の発見者の名前です)で、この菌も同様に染め出されます。ですから、結核菌と非結核性抗酸菌とは顕微鏡レベルでは見分けることはできません。二つとも、酸に強い抗酸菌という名前がついていますが、酸に強い菌であるという意味ではありません。ちなみに我が国では根絶されたらい菌(ハンセン病、戦国時代の武将で関ヶ原の合戦で敗れた大谷刑部吉継がこの病気であったのは有名ですね、松本清張のゼロの焦点の主人公の父親もこの病気でした)も抗酸菌の一族です。
非結核性抗酸菌はNTMとも略称します。携帯電話会社みたいな名前ですね。種類は190種以上発見されていますが、人に感染する菌は約30種類といわれています。中でも、マイコバクテリウム・アヴィウムとマイコバクテリウム・イントラセルラーレによる感染が約8割を占めますので、頭文字を取ってMAC症とも言います。ハンバーグ店みたいな名前で覚えやすいですね。
NTMはどこに生息していますか?
生息している環境も分かってきました。土壌や水まわり(台所、お風呂、池、沼、湖、プール、水道、貯水槽など)の中にいます。ですから、畑仕事などの農作業やガーデニングなどで舞い上がった土ほこりや水滴を吸い込むと肺に入り込み、定着します。切り傷のある手指で水仕事をする場合も傷口から体内に侵入します。
どんな人が感染しやすいですか?
先にお話ししましたが、土壌や水回りに生息していますので、そのような環境に長く生活する人が感染しやすいです。しかし、実際は、ごく一部の人にのみ感染が成立します。その原因は免疫抵抗力が弱っている人、すなわち、 病気でステロイド薬を長期に使用している場合や腎透析を受けている人、慢性関節リウマチで免疫用製剤治療を受けている人、癌に罹患して抗がん剤治療を受けている人などが要注意です。
また、気管支が部分的に拡張してしまう気管支拡張症の方も罹患しやすいです。
もっとも、基礎疾患のない一見健康な中高年女性に好発することも知られています。しかも、多くの方はやせています。
最近になってNTMの患者さんの気道の粘液線毛の働きが落ちているという報告や女性ホルモンのプロゲステロンが粘液線毛の働きを落とすと報告されました。この粘液線毛系とは気管支の粘膜を覆っている細胞表面の空気と接する側にびっしりと存在して、肺の中から発生する老廃物や汚染物質などの異物を粘液にくるんでのどまで押し上げるエスカレーターの役割をしています。
古い統計ですが2014年の罹患率(人口10万人当たり何人がこの病気かを示します)は約15人と、結核の罹患率(10人を下回りました)を超えてしまっています。我が国では胸部CT画像診断が進歩していますので、症状の無いNTMの早期発見に役立っています。
第2話
どんな症状がでますか?
咳痰などの呼吸器症状がないものの健診で、あるいは、ほかの病気で通院中に胸部X線写真検査を受けますと異常陰影を指摘され、その後の検査でこの病気を強く疑われる人が非常に多いのが特徴です。3人に一人は無症状であるとの報告もあります。その3人のうちの2人は、喀痰を伴う咳(湿った咳という意味で湿性咳嗽といいます)で受診されます。進行しますと息切れや疲労感、微熱が続く場合があります。希に、喀血といって血液の交じる痰が出る方もいます。血痰がでると、さすがに心配になって病院に受診されます。
私は能登北部の病院で呼吸器診療を約10年続けてきましたが、この病気の方が案外多いことに気づきました。ほとんど高齢女性で男性はほんの一握りです。畑仕事に精を出してきた人が多かったです。大部分は軽症の方ですが、一部の人は進行して難治化しています。
診断はどんな手順でしますか?
胸部X線写真検査や胸部CT検査で粒上の陰影や空洞性陰影が存在して、先にお話ししました呼吸器症状と、第1話にお話ししました職歴・趣味歴・やせ型体形などを総合して判断します。決め手は、患者さんに痰を出していただいて、細菌染色と培養(特殊な培養器で細菌が増殖するかを見ます)を行います。ただし、NTM菌は環境に住む常在菌ですので、たまたま、喀痰に混在している可能性も無視できませんので、喀痰を異なる日に複数回病院に持参していただき培養し、2回以上NTM菌が見つかれば確定診断となります。
また、喀痰を用いてNTM菌固有の核酸(DNA)を検出する遺伝子検査(PCR法といいます)も応用できます。ただし、この検査法は死んでいるNTM菌も陽性と出ますので、総合的な診断法の中のひとつとなります。
この病気は胸部CT検査などで経過を見ますと、前回異常陰影が存在した部位には異常陰影を見ず、別の場所に異常陰影を見るという特徴もあります。つまり、陰影が消えたり現れたりするわけです。やがて、ゆっくりと進行して異常陰影の範囲は拡大していきます。
最近は、血液検査でこの病気に特異的な抗MAC抗体を検出できます。日本の研究者が苦心をしてこの抗体検査法を開発しました。初期は陰性ですが進行すると、あるいは病気の勢いが強いほど高値を示します。これらの検査法の進歩で、NTM菌の検出率も高くなり、診断率も向上してきました。
胸部CT検査を強調しましたが、NTMは皮膚からも感染して骨、関節、リンパ系、軟部組織にも感染病巣が出現することが、頻度は少ないですが報告されています。
第3話
NTMの治療は?
残念ながら、有効な治療法は確立されていません。軽症の場合は自然に軽快することもあり、また、進行も極めてゆっくりとしており、治療介入しないことが多いです。
軽症ではない場合は、3種類の抗菌薬を2年間ほど飲み続けます(通常の細菌感染症に用いる抗菌薬ではなく、結核感染の治療薬と類似しています)。2年間ですから、胃腸障害による食欲不振や肝機能障害、視力障害などの副作用に注意を払います。やせ型の人に多いと申しましたが、そんな人がさらに食欲不振になり体重減少しますと、免疫抵抗力が減りますので、継続できない場合もあります。殊に、(超)高齢者の人でほかの病気で薬剤を多種内服(ポリファーマシーといいます)している場合は、NTMが存在しても慎重に治療開始の可否を判断します。
のう胞性陰影が肺に限局しており、薬物治療の効果が出てこない場合は外科的手術で取り除く方法もあります。
やっかいなのは、2年間薬物療法を続けて異常陰影が縮小し効果ありと判断して中止しても、やがて、再発する場合が案外あるという事です。21世紀の慢性呼吸器感染症として世界の研究者は新規薬物を必死に検索していますので、やがては特効薬も出てくるでしょう。
経過が長いですので、咳や痰などの症状で患者さんの生活の質をいちじるしく低下させ、患者さんの社会活動や生活意欲を弱めかねません。ご家族の理解はもとより、医師だけではなく看護師(呼吸器疾患看護認定看護師)、保健師、訪問看護師、薬剤師、理学療法士などによるチーム医療(多職種連携ともいいます)も求められます。
NTMの予防は?
NTM菌の生息場所は判っていますので、土ほこりを吸入しやすい作業時はマスクをしっかり身につけましょう、水回りやふろ場、シャワーヘッドなどは定期的に掃除をしましょう。免疫抵抗力を低下させる激務やストレスを抱え込まないようにしましょう。
いったんこの病気と診断されても、ほとんどが極くゆっくりと進行するか、進行が止まりますので、パニックにならないように気持ちを落ち着かせましょう。治療を受けても再発するのでどうせ治らないと投げ出さないで、NTM感染に詳しい内科医や呼吸器科医に定期受診して、検査を受け、経過を見てもらいましょう。症状が悪化しなくても胸部画像の異常陰影は拡大する場合があります。
わが国では結核感染症の封じ込めが成功して患者さんが激減しています。これは、国を挙げての対策や結核予防会、結核非結核性抗酸菌学会等を含む先人の努力のたまものです。結核の患者さんが減少しましたので、大学医学部では結核菌感染症の教育もかってほど活発ではなく、医学部を卒業した後で、初めて結核患者さんを経験する医師も増えていますので、結核感染と類似の胸部画像を示しますNTMの発見・診断が遅れる恐れも出てきています。繰り返しになりますが、この病気ではないかと不安があれば、一度はNTM感染に詳しい内科医や呼吸器科医に見てもらいましょう。
やせ型の人が多いので、体重を減らさない、できれば、増やす工夫をしましょう(食事について質問しますと、しばしば、いっぱい食べていますとご返事があります。しかし、身近な人にお聞きしますと、普通の人よりも食事量が少ないですと返事があります)。食事というイメージがボディイメージと交錯しているのではないかと思いますが。
終わり
(宿舎の庭に咲くスイレン2023年㋅)