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誤嚥性肺炎の話をしましょう
誤嚥性肺炎の話をしましょう(3話完結)
第1話
誤嚥性肺炎とはどんな病気でしょうか?
2024年1月1日発生の能登半島地震の際には、避難所生活を余儀なくしている人が断水の影響で歯磨きも思うようにできず、口腔内の清潔性を保てないので誤嚥性肺炎のリスクが高まっていると歯科医は警鐘を鳴らしました。震災時の混乱で誤嚥性肺炎の方がどれだけ増えたかは、高齢者老健施設(施設入居者には誤嚥性肺炎を生じやすい人たちが多いです)も被害を受けて、入居者も県内外の施設に避難されたので不明です。
誤嚥とは誤って物を飲み込むということですが、英語ではアスピレーションニューモニア(ニューモニアは肺炎という意味です)といいます。アスピレーションとは(空気以外の)ものを吸い込むという意味ですから、英語名のほうがより気管・肺をイメージしやすいですね。
まず、健常な人には見られない老人特有の病気です。つまり、加齢が関係している病気です。何故老化の病気でしょうか? それは、食べ物の通過する咽頭と空気が出入りします喉頭とがひとの首の中で前後に交叉するためです。すなわち、口から入った食べ物や飲料物は咽頭を経て食道へ移送されるのに、鼻もしくは口から出入りする空気は咽頭を経由して、その前に位置します喉頭に至り、声門を通り、気管・肺に至ります。飲食時は食べ物が口の奥から鼻の奥に逆流しないように口蓋垂(喉ちんこです)が跳ね上がって鼻の奥を閉じ、喉頭に紛れ込まないように喉頭蓋が声門の上に覆いかぶさります。これを「嚥下反射」といいます。この喉頭は人が成長しますと、下に下がりますが、高齢になりますと嚥下時に挙上して食べ物の食道への通過を助ける喉頭の上がり方が不十分となり、食べ物の通過時間が幼児などよりは長くなります。しかも喉頭の閉鎖も不十分となります。嚥下は絶妙なしくみで、神経と筋肉の連携で飲食物が食道上部に到達するわけです。年を経ますと、舌の運動機能や咀嚼の力、唾液分泌の低下も加わり、当たり前のこの嚥下機能が衰えてきます。飲食物が気管・肺に間違えて来る機会が増えてしまいます。
食べ物や飲み物などが気管・肺に入りますと、窒息の危険もでてきますね。誰でも、慌てて飲水や食事をしたときに、むせて咳をしてひどい目にあったという経験を一度はしていることでしょう。これは、当事者自身が気づく誤嚥で顕性誤嚥(明らかな誤嚥)といいます。この場合は、ただちに咳反射が生じて気管に入った異物を排除します。誤嚥性肺炎の多くは、当事者が気づかない静かな誤嚥(不顕性誤嚥といいます)です。口腔内には多くの雑菌が住んでいますが、この雑菌を含む唾液が、夜間当事者が気づかないうちに声門を通り気管・肺に侵入します。これを微量誤嚥(マイクロアスピレーション)と申し、咳反射が起こらないわけです。健常者は気管・肺の免疫防御機構が働いて無害化できますが、気管・肺の免疫抵抗力が落ちていますと感染が成立します。このような、理由で高齢者が誤嚥性肺炎になりやすいわけです。
高齢者でなくても、脳血管障害や神経難病、そして認知症の方は嚥下機能が低下していますので誤嚥性肺炎になりやすいですね。パーキンソン病のみのもんた氏もそうでしたし、「ブルーライト横浜」を作曲した筒美京平氏、COPDの桂歌丸氏、古くは映画スターの山城新伍氏(糖尿病と認知症)や根津甚八氏(うつ病)なども誤嚥性肺炎で死亡しています。
口腔には無数の口腔内常在菌がいます。1mlの唾液中には約1億個存在するといわれ、普段は病原細菌の増殖を抑制しています。口腔衛生状態が落ちて 歯垢などが溜まり歯と歯の間の歯周ポケットは酸素濃度が極端に低いので、酸素が嫌いな嫌気性菌が大繁殖します。ですから、誤嚥性肺炎の原因菌には嫌気性菌が多いのです。もちろん、嫌気性菌以外の菌が原因の場合もあります。ただ、通常の社会生活を送っている人の細菌性肺炎とは原因菌がやや異なるわけです。
第2話
誤嚥性肺炎の症状は?
第1話にもお話しましたが、ご本人自身が気がつかない場合が多く、普段、身の回りを世話をしていますご家族や施設職員が、なんとなく元気が無く、食事も進まず、のどがごろごろしていて、時々発熱するという変化に気づいて受診される場合が多いです。受診された方が脳血管障害や神経難病、あるいは認知症にり患している状態ですと、誤嚥性肺炎ではないかと強く疑います。
もちろん、明らかな顕性誤嚥を繰り返し不安になりご自身で受診されるかたも、いらっしゃいます。
誤嚥性肺炎の診断方法は?
まず、食事時にむせて、誤嚥が心配ですと受診された方には、耳鼻科等の協力を得て、口腔内や咽喉頭部位を観察します。そして、次に、水を飲んでもらい、むせがあるか否かと嚥下時間を測定します。これらの検査で異常があれば、誤嚥性肺炎の危険性が高いと判断します。
明らかな顕性誤嚥があって、ご本人がそれを自覚し、発熱したり、元気がないという情報があれば誤嚥性肺炎を疑って診断を進めていきます。が、大部分の誤嚥性肺炎はマイクロアスピレーションの繰り返しによる誤嚥性肺炎ですので、患者自身気が付かず、発熱を繰り返し、なんとなく元気がなく、食欲がないという漠然とした状態の変化ですので、問診で疑うのはなかなか難しいです。話題1で述べましたような基礎疾患をもっている人や高齢者、認知症の方は、怪しいと考えて、胸部画像検査に進みます。血液検査の炎症反応マーカーは誤嚥性肺炎の重症度を反映しますが、診断には貢献しません。寝ているときのマイクロアスピレーションですので、バクテリアによる炎症の部位は重力に依存した解剖学的局所に好発します。つまり、仰向けに寝ている場合は地球に近い背中側の肺に、横臥位であればやはり、地球に近い片側肺に生じます。胸部CT画像がこの特徴を示して、べったりとした均一な濃い陰影が顕れます。患者さんの多くは炎症性物質(痰の形です)を咳で排除できないほど、咳反射が弱いので、炎症部位がより濃く映ります。誤嚥の程度が軽いと細気管支の炎症が主体となり、細かい粒状陰影が肺に広く分布します。
誤嚥性肺炎の治療法は?
誤嚥性肺炎を起こした原因菌除去を目的として抗菌薬療法を行います。もっとも、抗菌薬治療は誤嚥性肺炎の予防効果はありませんので、いったん治癒しても、その後、何度も繰り返します。そして、誤嚥のもとになる飲食の経口摂取をいったん禁止します。重症者は入院していただき、口腔ケアと嚥下指導も併用します。高齢者の方がほとんどですので、他の病気で薬物療法中の方が多いと思いますので、嚥下機能に悪影響を与える薬物かどうかチェックします。例えば、睡眠薬、抗精神薬、抗不安薬などです。また、粉薬であれば形のある薬物への変更も必要になります。COPDの方に処方します抗コリン薬も唾液分泌を阻害して嚥下機能をさまたげますので要注意です。
原因菌として第1話にもお話しましたが、通常の細菌性肺炎とは異なり、嫌気性菌(通常の細菌性肺炎の原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ桿菌、連鎖球菌、ブドウ球菌なども関与しています)も関係していると報告されていますので、嫌気性菌にも効果のある抗菌剤を、原則末梢静脈血を経由した点滴療法で実施します。誤嚥性肺炎の重症度によって、抗菌剤を使い分けます。
第3話
誤嚥性肺炎の予防は?
口腔内を清潔に保つのが誤嚥性肺炎の基本的な予防になります。嚥下機能が落ちておれば嚥下リハビリテーションを受けていただきます。また、飲み物やみそ汁などの水物で誤嚥を起こしやすいので、液体をまとめやすくする、とろみをつけてなどの工夫もします。
かつては、飲食をすると誤嚥しますので、口からの飲食を禁じて、胃直上の皮膚から特殊器具で胃をつなぎ(胃瘻形成術といいます)栄養物をそこから注入するという治療法が流行しました。ところが、胃瘻形成を受けても、誤嚥性肺炎は無くならないと判り、現在ではむやみに胃瘻形成を試みない認識が一般化しています。
ところで、誤嚥性肺炎をきたしやすい人は咳反射が低下しているとお話しました。この咳反射はのどへの異物、過剰な分泌物(痰です)、刺激性ガス吸入、ほこり、花粉、冷気などで誘発されます。変なものが気管・肺に入らないように工夫された防衛反応とも言えますね。また、都合の悪い状況に遭遇して、時間稼ぎに咳をするという意識的な咳もありますね。ヒトの咳は局所の知覚神経反射と同時に脳中枢からもコントロールされている大切な反応ですね。この咳反射を誘発する食べ物に赤唐辛子があります。赤唐辛子の成分のカプサイシンが犯人と判明しました。
誤嚥の恐れのある人に赤唐辛子をそのまま食してもらうと、誤嚥を誘発するかもしれませんので、カプサイシンを軟膏にしたり、カプサイシン入りフィルムなどをそれぞれ耳や口腔内粘膜に張り付けたりして誤嚥性肺炎予防効果をみた検討も報告されています。結果は予防効果ありとのことでした。また、赤唐辛子をふんだんに含む「キムチ」を食しても嚥下機能が改善するという報告もあります。カプサイシンは咳反射能を改善し、嚥下機能も修復することが明らかになってきたのです。高齢者老健施設にこのような工夫が普及すると誤嚥性肺炎での病院入院者は減ると期待できます。
実は、カプサイシンは神経伝達物質のサブスタンスP放出を促すことも明らかになりました。このサブスタンスPを分解する酵素がアンジオテンシンコンバーテイングエンザイム(ACE)です。ACEは身体で血管を収縮して血圧を高めるアンジオテンシンを産生する酵素です。降圧剤はたくさんありますが、ACEの働きを抑えて血圧上昇を防ぐACE阻害薬も高血圧症治療薬として利用されています。これを誤嚥性肺炎予防に応用しようという考えもあります。事実、他の降圧薬治療薬と比較して脳血管障害+高血圧症の患者さんで咳反射も改善して、不顕性誤嚥の予防と誤嚥性肺炎の発生が低下したという報告があります。同様の予防効果は漢方薬の「半夏厚朴湯」やパーキンソン症候群に使用される「アマンタジン」にも認められています。詳述は避けますが、いずれもサブスタンスPの合成を促進することが分かっています。
終わり
(自宅庭に咲くヘメロカリス 2022年7月)