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アスベスト(石綿)の話をしましょう

ページID:0106703 更新日:2025年8月25日更新 印刷ページ表示

アスベスト(石綿)の話をしましょう(5話完結)

第1話

2024年1月1日発生の能登半島地震と倒壊家屋

 2025年4月18日の毎日新聞が珠洲市の損壊したホテルの壁の青石綿が露出して剥がれ落ちていたと報じました。この青石綿は数ある石綿繊維の中で最も発がん性(肺がんや胸膜中脾腫)の高いもので、厳密な飛散防止が求められるものです。周囲には多くのボランティアの人々が活動していました。能登半島地震で倒壊家屋の後片付けが生活再建には必須ですが、梅雨時期を過ぎて乾燥し始めると街中が粉塵に覆われます。そんな環境で仕事をしている解体作業者やボランティアの人たちを街中でみかけますと、マスクをしていない方が2024年春以降目立ちました。穴水病院にも気管支炎・肺炎・喘息患者さんが多く受診されました。
 能登地方の民家などの建築物は古いものが多く、1981年の新耐震基準導入以前の建物で全壊が50%程度であったとのことです。ただし、新耐震基準は震度6強以上に1回耐える程度とのことですので、2007年、2023年の震度6強の地震と2024年1月1日の大地震を迎えて、壊れるのは当然と考えてもおかしくありません。その間、震度1以上の地震も数えきれないくらい頻発していましたので、ボデイブローのように建物に影響を及ぼしていたでしょう。
 そして、アスベスト使用が2004年9月から原則全面禁止となりましたので、断熱効果抜群のアスベスト建築製品は古い能登の家屋の外壁、天井裏、屋根など広い範囲で使用されてきました。そんな、建物が倒壊したのです。
 作業従事者やボランティアの方の防塵対策が必須となります。これまでも、阪神淡路大震災や東日本大地震を経験して、防塵対策は改善されたのでしょうか?
 読売新聞オンライン(2025年1月13日記事)によれば「災害とアスベスト-阪神淡路30年プロジェクト」実行委員会が実施したアンケート調査では、ボランティアの活躍する現場での石綿への注意喚起があったのは阪神大震災で5.6%、能登半島地震では17.1%と改善はしているものの(ちなみに防塵マスクの支給については阪神大震災で0%、能登半島地震では22.0%であった)、ボランティアの石綿対策はまだまだ不十分と指摘しています。石川県も能登半島地震発災の2024年当初から作業従事者やボランティアの方の防塵対策の徹底を呼び掛けていましたが、奥能登4市町で労働基準監督署が一斉監督した工事現場の64.7%で法令違反がありました。防塵マスクの価格が高いのも理由の一つでしょう。
 我が国のアスベスト使用禁止以前の1956年から2006年までに施行された石綿使用の可能性のある鉄骨造や鉄筋コンクリート造の建築物の解体工事は、2028年頃にピークを迎えるであろうと国土交通省は環境省は見込んでいます。 吸気補助具付き防塵マスクや防護服の確保も求められます。
 ところで、解体業者には事前調査や報告義務があり、大気汚染防止法違反として30万円以下の罰金が科せられますし、アスベスト措置義務違反の場合も3カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。飛散防止措置など取らずに作業を行うなど作業基準に違反した場合も6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられます。厳しい!
 それでは、アスベストの大気中の許容濃度はといいますと、空気1Lあたりアスベスト繊維含有数が10個(10f/L、fは繊維のfiberです)までの場合は健康被害が少ないだろうというWHOの考えに基づいています。 日常空間には0.1~0.3f/Lほどです。
 案外知られていないのですが、火災現場で命がけの鎮火作業に従事する消防士の方に、アスベスト健康被害が報告されています。かっては防火服にもアスベストが使用された歴史があります。リメイクされた「火鼠の皮衣」でしたが、アスベスト健康被害が発生してもう使用されていませんが、アスベストを使用している建物・ビル火災時の飛散アスベスト暴露の影響もあります。今では、防塵マスク付きの防火服の着用で活躍されています。​

第2話

アスベストは大昔から使用されていました

 誰が最初に気が付いたかは不明ですが、古来エジプトのミイラを包む布として、また、古代ローマでは焼け死を防ぐ耐火服やランプの芯として使用されていました。アスベストでできたナプキンは火の中に投げ込むと燃えずに汚れが取れて重宝されていました。まさに、魔法の鉱物でした。ヨーロッパアルプスに埋まっていると知られていました。
古代中国の周王朝に西戎から燃えない布(アスベスト製品でしょう)が貢物として献上されたという報告もあるとのことです。かの、マルコポーロが北方の偉大なカーンの民がマジックミネラルの衣服を着ていたと報告もしています。
 一方、わが国では竹取物語に「火鼠の皮衣」として登場します(かぐや姫が求婚者の大臣に世にも珍しい宝物の「火鼠の皮衣」をプレゼントしてくれるならば、結婚を考えても良いと伝えて、求婚者ははるばる中国から大枚を費やして、火鼠の皮衣なるものを取り寄せます。喜んで、かぐや姫の前に持参したところ。かぐや姫はそれを火の中に投げ入れます。あっという間に燃え尽きましたという物語です)。江戸時代に入り平賀源内が秩父山中で石綿を発見し1764年「火浣布」と名づけて江戸幕府に献上しました。平賀源内は山師で日本のあちこちで鉱山開発をしていました。それで見つけたのでしょうが、事件を起こして牢内で獄死してしまいましたね。無事生き続けて、火浣布などの使い道を工夫して産業化しておれば、西洋の産業革命時に重宝されたアスベスト布製品を輸出できたかもしれません。
 いずれも、人類の平均寿命が短い時代の話ですので、今日の、様々なアスベスト関連の病気が顕れる前に、アスベスト布製品に触れた人々は別の原因で死亡したのでしょう。

​​そもそもアスベストとは何ですか?

 アスベストは漢字で石綿と書きますように、綿のように曲げ伸ばし自由なしなやかな(加工しやすい)繊維状鉱物です。熱に強く(燃えない)、酸アルカリに強く(化学薬品耐性長持ちする)、絶縁性も高く(断熱効果と電気遮断効果)、蒸気の熱エネルギーに依存した産業製品(建設資材、電気製品、自動車製品、家庭用品)などなど数千種の製品に使われています。19世紀に入り、蒸気エンジンのパッキング(詰め物)に利用され、蒸気機関車やイギリスやドイツの軍艦装備(断熱・防火材)に欠かせないものとなりました。
 アスベストの成分はケイ酸塩鉱物です。地球上の約8割の鉱物がケイ酸塩鉱物ですので、世界中に産します。ダイヤモンドなどとは異なり地表や地表近くに存在しており、容易に大量に採取できます。つまり、非常に安価であるとも言えます。もうすこし詳しく見ますと、邪紋石系と角閃石系に大別されます。前者はクリソタイル(色が白いので白石綿とも言います)、後者はクロシドライト(色が青いので青石綿といいます)、アモサイト(色が茶色ですので茶石綿といいます)、トレモライト(磨けばきれいなパワーストーンとなります)、アクチノライト(磨けばきれいなパワーストーンとなります、ネフライト軟玉はアクチノライトの集合体です)とアンソフィライト(磨けばきれいなパワーストーンとなります)の6種です。​

第3話

​​アスベストはなぜ危険なのですか?

 大気中の汚染物質は大気に長く浮遊して、私たちが息を吸うときに、気管を通り肺に達します。肺の最も深いところに肺胞という袋(壁が1ミクロン程度の厚さの小さな袋が3億―5億個健常人では存在します)まで吸った息が到達して、酸素を毛細血管の中に取り入れます。途中の気管やより細い気管支の壁には繊毛がびっしり生えていて、汚染物質を捉え、気管の上方に押し上げて痰という形で排出します(私たちはこの痰を意識しませんが、無意識のうちに飲み込んでいます)。その繊毛を潜り抜けて肺胞に達するより細かい汚染物質は肺胞内に居る肺胞マクロファージに貪食されて、繊毛のある気道まで運ばれます。空気の出入り口は、食べ物や飲み物と異なり、1つしかありませんので、このような汚染物質排出機構が備わっているのです。ところで汚染物質とは何でしょうか? 煤煙、排気ガス、花粉、PM2.5、黄砂、真菌胞子、細菌、ウイルスなど実に多いです。
 前置きが長くなりましたが、鉱物粒子は無機粉塵に属します。無機粉塵は遊離ケイ酸、ケイ酸塩化合物、石炭、炭素、黒鉛、滑石、珪藻土、セメント、アルミニュム、酸化鉄、ベリリウムなどたくさんありますし、これらを扱う仕事に従事している人たちが長期にまたは大量に暴露した場合、肺障害をもたらします。職業性肺疾患ですね。
 私たちの肺には汚染物質除去機構が働いているとお話しましたが、吸い込む汚染物質が大量長時間ですと、破綻してしまいます。すなわち、肺内に長くその汚染物質が留まることになります。長くとどまりますと周りの組織に炎症反応を起こし、肺の障害が進行することになります。
 単一のアスベスト繊維は細長く、0.02ミクロンから0.2ミクロン程度の直径です。ヒトの髪の毛の直径は約40ミクロンですから、いかに細いかはお分かりになるでしょう。1個の肺胞の直径は約300ミクロンですから、簡単に肺胞に到達します。第2話でお話しましたようにアスベスト繊維の特徴から肺内ではなかなか溶けないですね。
 アスベストによる肺の障害はといいますと、間質性肺炎という肺が縮まる病気や悪性の肺がんと胸膜中皮腫が知られています。暴露量が少ないと良性の胸膜肥厚(胸膜プラークといいます)、胸水が顕れます。職場でのアスベスト暴露から間質性肺炎と肺がんは10年ほど経て現れ、胸膜中皮腫は約20年―40年を経て発病します。長い経過での慢性炎症で肺組織のDNA損傷が修復できないまで進み癌が出てきます。それだけ長い経過を経るわけです。
 ところで、珪藻土という鉱物が能登半島の地殻の3/4をしめています。能登半島は植物プランクトンの殻(二酸化ケイ素を多く含みます)が堆積した珪藻土でできているという地殻が隆起した陸地です。しかも粘土を多く含んでいます。珠洲市のコンロ・七輪などは珪藻土をくりぬいて作成されますし、珠洲焼は珪藻土を焼成して出来上がります。。珪藻土じん肺という珪肺も報告されていますが、珪藻土そのものは肺組織に侵入しても線維化形成能は弱く、軽症珪肺に属します。私は10年間の珠洲市総合病院呼吸器内科外来で1例のみ経験しました。​

第4話

危険なのになぜ使用されたのですか?

 第2話でもお話ししましたが、産業の発展にかかせない工業原料であったのが最大の理由です。そして、第1話でも触れましたが、アスベスト吸入暴露が健康被害をもたらすという認知が希薄であったということも理由の一つとなります。19世紀の終わりから20世紀にかけてアスベスト大量利用が盛んになって、1920年代になって、ようやくアスベスト健康被害が報告され、1930年代には肺がんとの関連が疑われ、50年代になり明らかな関連が報告されました。胸膜中皮腫は1960年代にアスベストとの関連が報告されました。ですから、アスベストが危険だという警鐘はまだ最近ということになります。
 アスベスト健康被害の認識は遅れてしまいましたが、もう一つの遊離ケイ酸の吸入によって生じる肺の病気(珪肺)は紀元前のヒポクラテスの時代から知られています。1800年代に入りイギリスやフランスで炭鉱労働者に多発しました。我が国では江戸時代の佐渡金山などの労働者は30歳までに「よろけ」(多分珪肺でしょう)という病気でほとんどが死亡したという事です。その悲惨さを小説家、松本清張が小説「佐渡流人行」で、また司馬遼太郎が「街道をゆく」シリーズ、「羽州街道、佐渡のみち」で取り上げています。この珪肺も肺がんを合併しやすいのです。珪肺とアスベスト肺はじん肺という病気の代表です。

​国をあげてアスベスト対策しているのでしょうか? ​

 我が国では明治時代に入りアスベストを輸入し始めました。我が国でもアスベスト鉱山は在りましたが小規模で、産業発展には国産のみでは到底足りませんでした。太平洋戦争中は戦略物質でもありますので輸入は途絶えましたが、その後、産業復興とともに飛躍的に輸入量が増え、総計1,000万トンを超えたといわれています。欧米でのアスベスト使用規制強化が1980年代から90年代にかけてなされましたが、わが国では90年代から2000年代にかけて規制強化がなされました。10年ほど遅れました。経時的に見ますと1995年にアモサイト(茶石綿)とクロシドライト(青石綿)およびこれらを1%超えて含有する製品の製造、輸入、使用などが禁止されました。そして、2004年9月からは全石綿が「原則」使用禁止となりました(原則ですから例外もあったわけです。例えば防衛産業、潜水艦やミサイル製造に使用されるものなどです)。
 実は、2005年6月に、農機具製造メーカーのクボタ工業工場(尼崎市)従業員とその家族、周辺住民にアスベストによる健康被害が多発したのです。当時の新聞で社員ら51人が死亡(10年で)、住民にも中皮腫が5人発症と掲載されました。クボタショックといわれました。労働者は労災で補償されるも、一般市民の救済措置がなかったので、国が2006年3月に救済法を施行しました。2012年になってようやく例外なくすべてのアスベスト含有製品の輸入、新規使用等の禁止(石綿使用全面禁止)となりました。
 遡りますと、わが国では粉塵作業労働者の健康管理とじん肺(珪肺)の予防を目的として1960年に当時の労働省が、じん肺法を制定しています。じん肺の早期発見を目的とした定期健康診断を実施するよう事業者に求めています。労働者保護のすばらしい法律と思いますが、その中に、一部、アスベスト関連障害についても言及しています。しかしながら、その後のアスベスト健康障害が明るみになるにつれて、労働安全衛生法(厚労省)、石綿障害予防規則(厚労省)、大気汚染防止法(環境省)、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(環境省)、建設リサイクル法(環境省)、建築基準法(国土交通省)、宅地建物取引法(国土交通省)など関連省庁がほぼ毎年のように法・令を施行し、改正もしています。いかに、国が本気で対応しているかをうかがい知ることができます。アスベスト専門家でもこれらの規則に習熟するには結構な情熱が必要でしょう。そして、建築物等の解体・改修等工事における石綿作業主任者は講習を受けるのに忙しく大変でしょうね。当然、産業医もこれらの研修をおろそかにはできません。ため息が聞こえてきます。​

第5話

アスベスト肺障害をどんな方法で診断しますか?

 第3話でもお話ししましたように、アスベスト肺障害は該当する作業をしていてもずいぶんと長い経過で現れます。発病初期は全く無症状です。咳痰、息切れ、胸痛などの症状はかなり進行してから出てきます。ですから、症状を自覚して外来受診された場合、
まず、胸部X線写真を撮影します。アスベストの胸部画像所見はかなり特徴的ですので、それを認めた場合、アスベスト吸入(職業)歴を詳しくお聞きします。アスベスト関連産業や工場勤務者と分かれば、疑いが強くなり、次に、胸部CT検査を行います。胸部CT画像で、胸膜プラーク(石灰化している場合もあります)と下肺野の線維化形成を散見すれば、まず、間違いなくアスベスト暴露による肺・胸膜病変となります。確定診断には喀痰や気管支鏡という肺のカメラを用いて採取した気管支肺胞洗浄液を用いてアスベスト小体(アスベスト繊維)を見つけます。アスベスト吸入(職業)歴を何度もお聞きすることが大事なポイントで、昔、夏に建物解体業のアルバイトをした、トラック運送の手伝いをした経験などは忘れている人がほとんどです。
 アスベスト肺障害をもたらす職業・職種は既に知られていますので、そのような関係の労働者はじん肺法と石綿障害予防規則いう法律で年に1度は定期健康診断を受けることが義務付けられています。早期発見と早期対策が必要だということです。
 もっとも、零細企業や一人親方のアスベスト関連作業従事者の方は定期健診を受けておられない事例が過去には多かったです。

​​アスベスト被害を防ぐにはどうすれば?

 アスベスト肺障害はゆっくりと進行しますので、早期発見と早期対策が必須です。
残念ながら有効な治療法は、いまだに、無く、そういう意味で、予防を徹底することにつきます。予防によって発病を防げる呼吸器疾患の代表でもあります。予防法は、何かといいますと、徹底した防塵対策です。職場内への集塵・排塵装置による換気、精密な防塵マスクが求められます。市販の不織布マスクは5ミクロン以上の粒子を捕集しますのでアスベスト対策としては無効です。布マスクは不織布マスクよりさらに性能が落ちます。また、N95マスクは0.3ミクロンサイズの粒子を95%以上捕集するという優れた抗病原体マスクではありますが、アスベスト繊維はさらに細いですので、より精密度の高い防塵マスクが求められます。当然、作業衣等の清潔管理なども必要になります。
 先にお話しましたように、アスベスト関連作業従事者は就業開始時と、その後の1年毎の定期健康診断が義務付けられています。検診で病変が見つかれば、肺機能検査を行い、中等度以上の肺機能障害があれば、職場の配置転換や就業中止し療養を受けるなどの対策が講じられます。病変を有している人は離職した後も健康管理手帳を交付され、無料で健康診断を受けることができます。
 能登北部地区で呼吸器診療を開始して10年過ぎましたが、アスベスト関連肺障害患者さんは、呼吸器疾患全初診患者さん(いわゆる風邪症候群の患者さんは除きます)のうちの約7%と、案外多いのに驚きました。ほとんどが、胸膜(肥厚)プラークを有していて中には石灰化をともなった航空母艦の甲板のような典型的な胸膜プラークを認めます。
 ごく1部の方に間質性肺炎パターン(アスベスト肺)を認め、1例は胸膜中皮腫(ちなみに厚労省の報告では2022年の死亡者は1554人と約20年前の3倍に増加しています)、1名は肺がん合併の方でした。ほとんどの方は若い時に都会へ出稼ぎに出て、建設業、トラック運送業、造船業、解体業、自動車工場などの下請け会社務めです。また、船乗りの方もいました。残念ながら、当時の会社はつぶれて、同僚は死に絶えて、職歴を証明できない人ばかりでした。​

​終わり

宿舎の部屋に夜咲く月下美人​(宿舎の部屋に夜咲く月下美人2022年7月)