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在宅酸素療法(HOT)と酸素の話をしましょう

ページID:0106671 更新日:2025年8月18日更新 印刷ページ表示

在宅酸素療法(HOT)と酸素の話をしましょう(6話完結)

第1話

能登半島地震での対応と教訓

 2024年1月1日発災の能登半島地震では電源が途絶して、在宅酸素療法(HOT)機器が使えず、危うく酸素難民が出るところでした。在宅酸素療法機器とは家庭で附属の電源プラグを電気コンセントに差し込むと作動して空気を取り入れ、空気中の酸素を選択的に濃縮してくれます。濃縮された酸素を特別のビニールチューブ(鼻カニューラといいます)で鼻に近づけて放出して、吸気中の酸素濃度が高まった空気を肺に取り入れることができます。空気中の約80%を占める窒素を機器内で吸着して酸素濃度を90%以上に高める装置です。現在の濃縮機器では毎分最大7Lの流量が発生します。他には、液体酸素が入った液体酸素供給装置(高圧貯留ボンベ)に蓄えた液体酸素を小分けに使用する方法もありますが、取り扱いに注意が必要で、現在は約90%の在宅酸素利用者が電気で酸素濃縮機能のある酸素濃縮器を利用しています。鼻カニューラには息を吐くとき(呼気といいます)に酸素が無駄に流れないような酸素節約機能のあるリザーバー付きカニューラもあります。現在、酸素機器メーカーが種々の型を開発して、年々小型化し、重量も軽くなり、音も静謐化しています。
 わが国でも1985年に医療保険が適用されていますが、もともと慢性呼吸不全を伴うCOPD患者にアメリカやイギリスで酸素ボンベを使用して治療したことが発端です。その後、治療者の生命予後が延長することも判明しました。 1960年代に開発された治療法でしたが、いち早く、現帝人ヘルスケアがこの治療機器を1982年から我が国に輸入しました。現在は、数多くの濃縮酸素機器メーカが参入しています。が、機器の製造とともに利用する患者さんへのきめ細かなサービス体制(メインテナンス体制)が求められますので、どの酸素機器メーカーを選ぶかは慎重さが必要です。ことに、今回の大震災では酸素機器メーカーの迅速な対応が求められましたが、HOT機器利用者の方にもどんな機器を使用し、どんな酸素流量を使用しているか、災害時の連絡網はどうなのかなどを周知していない場合がありました。是非、HOT機器メーカーとの契約を見直し、どんな機器を使用し、どんな酸素流量を使用しているか、災害時の対応の仕方、災害時の連絡網は安心できるかをもう一度確認していただきたいと思います。。
 なおHOT機器の使用できるいわば寿命は4年から7年ですので、時期が来れば、使用しているHOT機器を適宜更新してもらいましょう。最後に、HOTは治療手段の一つではありますが、日常の息切れ改善と行動範囲の維持などいわゆる生活の質を落とさないという目的です。元の疾患を治癒せしめる夢のような治療ではないということも理解しておきましょう。

​​酸素とは?

 私たちは食べ物を食して体内でエネルギーに変換して身体機能を維持しています。そして、安静時よりも筋肉を余分に動かす歩行時や運動時にはなおエネルギーが必要となります。エネルギーはといいますと、細胞の中のミトコンドリアという小器官が私たちの食べ物を利用して産生しているATPという物質が分解してADPに変化するときに発生します。残念ながら、ATPはすぐに枯渇してしまいます。そこで、普段から炭水化物(グルコース)を摂取して肝臓や筋肉にグルコースからグリコーゲンという形で貯蔵されたグリコーゲンを酸素で燃やしてATPというエネルギーを安定的に補給する仕組みが備わっています。だから、酸素は我々が生きていくうえで、絶対必要なものです。

第2話

私たちの酸素環境

 空気中の酸素は我々が息を吸うと(吸気といいます)空気とともに肺に入ってきます。仮に、私たちが海抜0mの陸地で生活しているとしましょう。そして、気圧を1気圧と想定します。空気は窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素、水蒸気などのガス状物質の集まりですので、1気圧=760mmHgx空気中の酸素の占める割合は21%ですが、私たちの鼻腔から気管・肺は飽和水蒸気圧(100%加湿状態で47mmHgに相当します)で占められています。(760-47)x0.21=150mmHgの酸素分圧になります。 安静時12回の換気(息をすって吐く動作を喚起といいます)をしていますと約500mlの吸入気が肺に流入して、実際のガス交換を行っている肺のたくさんの小さな袋(肺胞といいます、健常人では3-5億個あります)にそのうちの約350mlが到達します(約150mlの吸入気はガス交換に係らない気管内に留まります)。肺が理想的な酸素ガス交換器であれば血液に150mmHg相当の酸素の量が移動することになります。が、残念なことに毛細血管の壁(約1ミクロンの薄さです)やヒトが2本足で立っている関係で酸素と接する毛細血管の接触面積が重力の影響をうけるなどの微妙な理由で肺を経由して心臓に帰ってくる動脈血の酸素分圧は100mmHgを超えることはありません。
 ところで、酸素は血液に溶け込む部分と血液中の赤血球内のヘモグロビンと結合して体内に運ばれる仕組みがあります。後者のヘモグロビンによる酸素運搬が圧倒的な役割を示します。赤血球(ヘモグロビン)が肺の毛細血管を通過するとほぼ瞬間的に酸素と100%結びつきます。これを(ヘモグロビンの)酸素飽和度といいます。酸素分圧が高ければ高いほど酸素飽和度は高くなります。現在、外来などで指先に器具を挟んでこの酸素飽和度を平易に測定できます。経験された方もおられるでしょう。ヘモグロビン1g当たり酸素が1.34ml結合します。ですから血液100ml(1dl)にヘモグロビン15g/dlありますと、15x1.0(酸素飽和度を100%として)x1.34=20.1ml/dlの酸素が含まれます。血液に溶け込む溶存酸素は血液100mlあたり0.003mlと非常に微量でここでは無視しています。組織へは心臓のポンプ作用により血液が運ばれますので、組織への酸素供給能力は血液中の酸素量x心拍出量/分となります。込み入りますのでここでは、これ以上の説明を省略します。
 ともかく、体組織に到達した血液内の赤血球(ヘモグロビン)から、体組織の酸素濃度(体組織で酸素は消費されていますので酸素分圧は低下していますので酸素濃度は低下していますね)に依存して酸素を放出しますが、すべて放出するわけではなく、肺に再び戻り、吐いた息(呼気といいます)に交じります。実際、呼気中には酸素が15%程度含まれています。動脈の酸素分圧を100mmHgとして肺に帰ってくる血液は45mmHg程度ですので55mmHgほど酸素分圧が組織を還流して低下するだけです、すなわち、組織への酸素の供給には余裕があるということになります。なお、安静時の酸素消費は成人男性で約300mL/分です。運動時はそれが10倍以上に増えます。

第3話

​​肺や心臓の病気でなぜ低酸素となるのでしょうか?

 酸素は肺胞に到達してその部位の毛細血管に酸素を引き渡しますが、その肺胞が壊れますと酸素も到達できず、毛細血管もつぶれてしまいます。肺胞はといいますと、タバコ喫煙で破壊されます(COPDです。昔は肺気腫といいました)。いくら、吸気量を増やしても、ある程度肺胞が壊れますと対応できず、低酸素の動脈血となってしまいます。また、肺炎が広範囲に生じて治療が遅れますと肺胞が壊れて修復しません。さらに、肺の大手術で肺組織を広範切除しても同様です。また、本来薄い肺胞の壁が厚くなり毛細血管への酸素の手渡しがうまくいかなくなる状態(間質性肺炎です。肺線維症とも言います)でも低酸素血となります。肺血管が詰まる肺血栓塞栓症という比較的少ない病気でも病変が広範ですと低酸素血となります。
 組織へは心臓の拍動で血液が流れますから、心拍出量の減少する心不全でも低酸素血となりますね。
 また、貧血が強くても酸素を運ぶヘモグロビンが減るわけですから低酸素血となります。
 20世紀になって知られるようになった病気に睡眠時無呼吸症候群という病気があります。今は、睡眠呼吸障害といいますが、夜間の睡眠中に呼吸が突然止まる状態が何度も繰り返されます。呼吸が止まりますから、その都度低酸素血となります。

​​低酸素でも耐えられるのは胎児です

 胎児は母親の子宮内生活をしており外気と直接接していません。お母さんの子宮動脈から酸素を胎盤を通してもらいます。胎盤には肺の毛細血管網のようなネットワークが細動脈と細静脈の間にあります。細静脈に酸素化血が流れることになります。しかしその酸素分圧は30mmHg程度です。酸素分圧30mmHgは海抜8848mのエベレスト山頂に居るのとほぼ同じです。山頂の大気圧は253mmHg,吸気の酸素分圧は43mmHgです。動脈血酸素分圧が60mmHgを切りますと、呼吸不全状態であると医療ではとらえますが、胎児の血管内酸素分圧を大人に当てはめると完全な呼吸不全状態ですね。ところがところが、胎児は呼吸不全状態ではありません。何故でしょう。胎児赤血球ヘモグロビンは、我々成人が持っているヘモグロビンAではなく、ヘモグロビンFなのです。このヘモグロビンは酸素との親和性がめっぽう良くて、酸素分圧の低い血液と触れても酸素飽和度は非常に高く酸素を組織にうまく運べます。胎児が生まれて自分で呼吸できる新生児となりますと血液中の赤血球のヘモグロビンFは失われてヘモグロビンAに置き換わります。

第4話

低酸素時の呼吸の調節は?

 安静時は無意識に息を吸って吐いていますが、これは脳に在る呼吸中枢を介した自律神経系の作用です。しかし、運動などでエネルギーをより必要とする場合には酸素をより体内に取り入れようと呼吸の回数が増え、1回の呼吸の仕方は大きく空気を吸い込むことになりますね。100m競争時の呼吸を思い出してください。これは、大脳や視床下部からの運動刺激が延髄にある呼吸中枢も刺激するメカニズムと筋肉や関節にある感知器が反応して呼吸中枢をさらに刺激するメカニズムが働きます。さらに、筋肉などで産生された二酸化炭素や乳酸なども頸動脈にあるセンサーを刺激して換気を調節します。きわめて複雑な呼吸調節系ですね。
 心臓の動きを私たちは意識して速くしたり遅くしたりはできませんが、呼吸は、意識して息を止めたり、速くしたりできますね。このように、呼吸は自律神経系と大脳系の2重に支配されています。
 エベレスト登頂の酸素の話をしましたが、酸素ボンベを持たずに登頂した人たちがこれまで50人以上います。とんでもないスーパー(ウー)マン達です。その人たちを調べますと、動脈血酸素分圧が下がり始めると換気が刺激されて、薄い大気を最大限肺にとりいれていると判りました。ちなみに、漫画の世界では1996年5月に酸素ボンベ無しでゴルゴ13が幼いダライラマを守ってエベレスト頂上直下を通っています。私たちには低酸素血症になると換気を増やすという対応力があります。また、高二酸化炭素血症になっても換気刺激が増加します。
 最も、大きく呼吸をして呼吸回数も増やすという対応は、長距離を走るマラソン選手などでは不利ですね。優れたマラソン選手は低酸素血症や高二酸化炭素血症への換気応答の力は逆に弱いといわれています。
 私も、昔、中国青海省の高原医科学研究所で国際共同実験をしました。大きな密閉された実験タンクの中に「ヤク」という動物と一緒に入り、海抜4665m、568mmHgの状態を作りました。所要時間は15分ほどでした。私の酸素飽和度は81%、心拍数100/分でした。酸素飽和度81%は動脈血酸素ガス分圧45-50mmHg相当です。無意識のうちに大きく喘ぐ呼吸をしていました。ヤクの肺動脈圧を測定しようとかがみこみますとさらに大きい呼吸となり息が辛くなりました。25分しか持ちませんでした。こんな状態は長く持たないですね。急性高山病となってしまいます。

*中国青海省はチベットのアムド地区の西方です。清代に中国の支配下にはいりました。平均標高は約3000mで、チベット高原の東側です。
*ヤクという動物は牛とよく似ていますが、ヒマラヤ山脈、天山山脈やチベット高原などの高地に生息しています。
 慢性高山病にはならないのですが、低地では生存できないといわれています。我が国の動物園で見ることはないですね。

第5話

低酸素状態が続くとどうなりますか?​

 低酸素状態になりますと、動脈血酸素分圧は低下してしまいますので、身体の細胞の働きも落ちてしまいます。急に低酸素状態になりますと、これは、短時間で高山(海抜2500m以上で発症しやすい、急性高山病といいます)に登ったり、何らかの原因で窒息したりする場合です。急性呼吸不全といいます。肺高血圧、肺水腫が出現しますし、エネルギーを消費する脳は酸素不足の影響が強いので意識障害(低酸素脳症といいます)を起こします。急性高山病になればその場で酸素吸入するか、あるいは低地にヘリコプターなどで移送するかです。近年は、新型コロナ感染となり、肺がまっしろになり、低酸素状態になる方が多かったですが、酸素吸入のみでは死亡を防げませんでした。急性呼吸切迫症候群という病態です。ですから、急性呼吸不全の場合は酸素吸入と原疾患の治療を並行させないとうまくいかないということになります。
 低酸素状態が長引けば(慢性呼吸不全といいます)肺動脈圧が高くなり、血液循環がとどこおり、心臓の右心に負担がかかり心不全の一つの右心不全となります。足がむくみ、肝臓が腫れ、頸動脈も張り出します。また、低酸素を補おうと赤血球(ヘモグロビン)が増えて多血症となり、血管内の血液の流れが悪くなります。細胞の低酸素状態が続きますと、細胞内のミトコンドリア数が減少し、酸素利用度も低下してエネルギー産生能力も落ちてしまいます。慢性呼吸不全状態になりますと身体を動かすのも全体がちきなくて(辛くて)嫌になりますね。慢性呼吸不全の治療も酸素療法(HOT)と原疾患の加療ですが、急性呼吸不全と異なり、薬物療法などで原疾患のコントロールがうまくいかない進行状態ですので、呼吸不全で命を落とすよりは、元の疾患の進行もしくは肺がんなどの新たな病気が加わり臓器不全で死亡されることが多いのです。
 近年、低酸素状態では脳の酸素化に障害がおきて注意力・記憶力・言語発生と理解力・感情コントロール力など高次認知機能が衰えるということも明らかになってきました。つまり、より早い段階で認知症になりやすいという恐れが出てきたわけです。

​第6話

手軽な酸素飽和度測定機器は?

 市販されている簡易酸素飽和度測定機器(パルスオキシメーターといいます)は酸素を保持しているヘモグロビンと酸素を離したヘモグロビンの吸光度差を応用して酸素飽和度を測定しています。外来指先の爪を装置の上にして奥深く挿入し、酸素飽和度を測定することができます。酸素飽和度が分かれば動脈の酸素分圧を推定することができるという便利な機器です。ほぼ連続的に酸素飽和度を測定できますので、手術管理にも応用されていますし、歩行時に酸素飽和度がどのように変化するかを見極める6分間歩行テストにも応用されています。安静時の我々の酸素飽和度は99%から96%程度です。100%にはなりません。現在、インターネッツトなどの通販で簡単にパルスオキシメーターを購入できます。外国のメーカーを含め多くのメーカーが製造販売していますので、精度管理がしっかりしている機器を選びましょう。ただし、注意する点もあります。
 まず、一酸化炭素(CO)中毒の場合は、応用できません。一酸化炭素(CO)は赤血球の中のヘモグロビンと結合する力は酸素の210倍もありますので酸素を押しのけてヘモグロビンと結合します。ヘモグロビンがCOと結合しますと酸化ヘモグロビンの吸光度と類似していますので、パルスオキシメーターは間違えて酸素飽和度は十分高いと判断してしまいます。ですから、一酸化炭素(CO)中毒の場合は直接動脈血を採取してガス分析機器で測定しないと、正常と判断して的確な酸素療法を実施しないという致命的な誤判断を招きます。たばこ喫煙者の血液もCOとへモブロビン結合の割合が高いですので、実際の測定値は高めに出ます。実は、非喫煙者でも2%ほどのCOと結合したヘモグロビンが血液中を流れています。
 また、爪のマニキュアが邪魔をすることもあります。どんな色のマニキュアかといいますと濃い色のもので、青色系が干渉します。パルスオキシメーターと申しましたように、爪の近辺の最小血管の拍動を感知しているわけです。心臓から出た血液は全身を巡って心臓に戻る時間は20秒程度かかりますので、測定された酸素飽和度は肺で酸素を十分受け取った血液と少しずれがあります。拍動が弱くなる、つまり、血液の循環が悪くなる心不全では、正確に測定できない場合があります。指先の体温が下がり(冷たくなると)血管が収縮して測定ができない場合もありますので、指先が冷たい場合はまず温めてから測定しましょう。

​​HOT者はなぜ呼吸リハビリテーションが必要でしょうか?

 HOTを必要とする患者さんの多くは、息が辛くなると、少しでも沢山の空気を吸おうとして呼吸回数を増やし、浅く、速い呼吸動作をしがちです。呼吸回数が増えれば、それだけ空気を吸う時間も吐く時間も短くなり、肺胞に到達する吸入気量は減少してしまいます。ますます、息が辛くなるわけです。
 安静時の呼吸の仕方を思い出しますと、吸う時間が1に対して、吐く時間が2の割合です。充分吐ききって後、空気を吸えば十分肺に行き渡ります。呼吸のリハビリテーションは、まず、鼻から息を大きく吸って、口を尖らしながら肺の中の空気を外に出す「口すぼめ呼吸」を息切れ時に実行できるように専門の理学療法士さんによる訓練が必要となるわけです。
 昔、HOTの患者さんにカラオケをお勧めしたところ、毎日、数時間通われて、歌を長く歌えるようになり、息切れが軽くなったという人がいました。歌うことは呼吸を整えますので、身近な呼吸リハビリテーションになりますね。

​終わり